革命にファンファーレは要らない

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フリーミアム、シェアリングエコノミー、ベーシックインカム、クレディビリティ。ソーシャル・レスポンシビリティ。

これらはすでに多くの企業・自治体・団体実践されてきている。

この現実から、あなたやわたしは何を見るか?

流れに乗って『儲けよう』とするのか?

それは一部の『わかってる』人達によってのみ享受されるべきものではないことに気づくことができるか?

非常に大切な分岐点だと思う。

なぜなら大衆の全てによって理解・体現されなければ、これらのキーワードはバズって終わりだからだ。

流れに乗ろうとするのであれば、それはまだ考えが浅いと自覚できているか?

自覚できていないのならば、自分の頭で考えよう。

考えられないのならば、人の言葉や世の中をまっすぐ見据える訓練をしよう。

もし気づいているのならば、見ないようにするのをやめることだ。

何が言いたいのかというと、答えはまだ書かない。なぜならこの文章を読んで、自分なりの答えを出すことが大事だから。

僕が出した答えは次回。

流れに乗るということ自体が、流れを乗せられていることに気づけ。

その流れの先に何があるかを、年齢も経験も能力も関係なく、自分が考えることが何よりも大事だ。なぜならこの人生はあなた自身の人生であり、あなた自身の可能性を試すチャンスだからだ。あなたの可能性が、世界の可能性に直結していることを自覚してほしい。

僕は偽善や自己主張のためにこんなことを書いているのではない。この言葉自体がヒントだ。まっすぐこの言葉を受け止められるか?邪推なしで。

人生や社会の理想形を誰かに押し付けられる世界から脱却したくないか?

世の中にいるオピニオンリーダーたちの中から、本物の言葉と巧妙に仕組まれたあなたを利用しようとする言葉の違いに気づくことができているか?

知的複眼読書法という本がある。

世の中を見据える目を養うためには、常に『水平思考』が役に立つ。

垂直思考を押し付けてくるメッセージには、必ず隠された意図がある。

あなたが信じてやまないイデオロギーや、それを提示してくるリーダーのことをあなたは信頼しているのか?それとも依存しているのか?

誰もがいうように、お金を稼ぐことはそんなに難しいことではない。しかしそれに気がつくことは難しくなっているし、そうである必要が生まれている。なぜならそれが、資本主義社会構造の宿命だからだ。

しかし、カネとは一体なんなのかをきちんと理解していなければ、あなたは道を踏み外す。

革命のファンファーレで西野さんはお金を次のように説明した。

「カネとは、信用を数値化したものである」

ではその信用とは一体なんなのか。

西野さんが見ているのはどこか?

カネに縛られている部分によって彼自身の独創性やタレント性が生み出すアイデアに自ら制限をかけてしまっているのが見えるか?

信用そのものがカネによって成り立っているという思い込みに支配されている。

信用とはそんなものではない。世の中が資本主義だろうと社会主義だろうと関係ない。信用というものは人と人の間に生まれる生々しいもので、それを数値化することに少なくとも僕の知る限り人類は成功していない。

信用が数値化される基準として、信用がカネという数値に反映されるかどうかを示す人たちがいるけれど、それは信用とはイコールになり得ない。宣伝をすれば信用という言葉は一人歩きをして、本来のモノの価値を超えたところに数値が設定される。なぜか?

西野さんは有名人であるからだ。

それで生まれたのがVALUに代表される、個人の信用を数値化しようとする試みだが、こんなものも僕に言わせりゃBull Shitだ。

信用をバブルできる人間だけがより多くの信用を得られるシステムになんの意味があるのか?それに、そんなシステムが表す『信用値』そのものになんの本質的な信用があるのか?

金銭的信用の数値化?

カネがどうしてなんのために回ってるのか?

信用はカネでは買えない。

それを買えるようにしようとしている無理な構造と、それに騙され続けている人たちがいる。

あなたはカネが欲しいのか?

なんのために?

(続く予定)

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