低調維持

最近暗いトピックばかり掲載しているので、明るい話題が書けるまで更新はやめておこうと思ったのですが、この低調は長く続きそうなので、結局書いています。

仕事のため、ここしばらく睡眠時間にばらつきがあり、生活リズムを崩してしまいました。

昨年に初めて病気をやってからというもの、無理のきかなくなった自分の身体と付き合うことに苦痛すら感じます。そういうものだと自分自身が理解できていない部分があり、根本的に意識改革をしないと同じ繰り返しになるのではないかという不安があります。不安というよりも、恐怖というほうが近いです。

たぶん、同じ病気をしたことがないヒト、とくに毎日顔を突き合わせる会社の人たちには、本当の意味で理解していただくのはとても無理なことだろうと思います。それでも、世間一般の会社よりも大分理解のある会社です。その点については非常に感謝しています。

本当に、ちょっとしたきっかけで全てのリズムが狂ってしまうのです。

生活における不安要素は、影法師のように常に自分の背後に潜んでいます。これらをひとつずつ軽減していく必要があるのですが、もとの生活を確立するためには仕事が必要。仕事は一生懸命やってしまう。一生懸命やればやるほど得るものを感じられるのなら良いのですが、なかなかそういうスイッチは入りません。そして、ストレスは昔の何倍もの速度で蓄積しているような気分です。

こういったことを一時的にでも改善するために、いくつかの試みをしています。それについては、機会があったら書いてみようと思います。

ところで、みなさんは死というものについて真剣に考えてみたことはありますか。

僕はもともと、そういうことをよく考えるタイプだったとは思います。ただ、身体を煩ってから、死について考えることがとても多くなりました。死といっても、負の側面ではなく、あくまで生の一部というかひとつの帰着として誰もが避けて通ることのできない死というものについて、色々と考えてみるのです。(死にたいとか、そういうことではない)

28歳くらいからでしょうか、自分は死ぬということ自体にはまったく恐怖を感じなくなりました。

(繰り返しますが、自殺願望ではありません。あしからず)

もちろん、苦しい死に方をするのは怖いですが、自分の肉体が死んで、この世からいなくなることについて何も恐れることがないということです。これは、自分にとってとても安定した状態です。なぜなら、僕が現在の時点で知っている死への恐怖から逃れる唯一の方法は、毎日を悔いなく生きることだからです。

ここにジレンマがあります。いまの自分が病み上がりであること、復帰後も先述のように体調を崩しやすくなったこと、携わっている仕事には精神的にも肉体的にもタフさが求められることなどから、僕は自分で満足できる仕事ができていません。おそらく会社の評価も同様でしょう。

こうした場合、会社は仕事への影響や僕の健康状態などを考慮して、作業負荷を減らしてくれます。

これがまた、まったくの逆効果に働いている場合が多いのです。

100パーセントの力を出し切ることができない、という状況は、毎日悔いのある生活を意味します。自分の信じた方向に仕事を押し切っていくことができない。敗北感たっぷりです。

まあ、誰がどう慰めてくれようが、僕はそういう考え方しか今のところできないので、仕方ないです。

たぶん僕にとって重要な点は、それは僕の中では死への恐怖につながっているところです。出し切れていれば死ぬ事が怖くないと書きましたが、現状のまま死ぬわけにはいかない。

とても悲しいです。誰も幸せになれない。会社も、自分も、家族も。こういった状況を作り出しているのは、辿れば自分自信にしか行き着かないので、重い憤りを感じます。自分に対して。

こうした状況に対処するためには、やはり誰かに助けをもとめるか、先人の知恵に頼るしかないです。

主にWebを使って情報収集してみましたが、限界がありますね。なにかリアルなものが必要です。

しかしまあ、年中こんなこと考えながらよく普通にしていられるなと思います。飲み会に行ったり、笑って雑談したり、ゲームしたり、ドライブしたり。表面上の活動においては、あまり重傷に見えません。

話は変わりますが、片山飛佑馬さんの作品「アパシー」で少しだけ世間を騒がせている三田文学ですが、なにしろ手に入りません。Webニュースなどでも紹介されたらしいので、その影響でしょう。

僕はこの作品において、いまどきの25歳の青年がうつ病を通じてどのようにして生と向き合ったのか、その心の過程に興味があるので読んでみたいのですが、手に入らないので、増刷(が決定した)を待つより仕方ありません。

しかしこれだけ話題になったものですから、文庫化もあり得るでしょうね。

僕は専門家ではないのでわかりませんが、アパシーというのはモラトリアムと同義でしょうか。

もしそうだとしたら、この作品に僕は何も期待することができないです。僕が期待しているのは、生きるということに対する執着と、その結果なぜ死を選んだのかという経緯です。

Hiro Hayashi

1件のコメント

  1. …ストレスは昔の何倍もの速度で蓄積しているような気分です。

    までは ほんと私の思うそのままが日記になってるなぁと感じたよ。
    だからアドバイス的な事も出来ないし・・・私は今日は特にどん底・・・

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