擬態

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ここに一冊の本があります。

"三田文學 2006年 11月号 [雑誌]" (慶應義塾大学出版会)

残念ながらこの本は、もう手に入りません。

発売当日に売り切れ、その後の増刷も即売り切れ。

増刷でようやく手に入れたのは、「アパシー」という作品を読みたかったから。
当時、かなり話題になりました。Webニュースなどでも取りあえげられたので、売り切れ騒ぎになったのでしょう。
自分のうつ病について書き綴り、最後には死んでしまう話です。
作者の片山飛佑馬さん、本当に死んでしまいました。これを書いた後に。
この作品を手に入れる前後については以下のエントリもご覧下さい。

この「アパシー」という作品は、健常者がうつ病患者の心の状態を想像するのにとてもよい内容でした。うつ病の闇に肉迫していました。
しかしあまり多くの人の目に触れる機会が無いことが残念です。

このブログを長く読んでくれている方はご存知だと思いますが、自分は以前、うつ病になりました。

自分がうつ病だったということは、人には滅多に話しません。
たとえ相手がうつ病を患っている人でも、話しません。むしろ、うつ病の人には言いたくない。

うつ病の原因はストレスだけではありません。内因性、心因性と分類されていますが、新陰性のものは主に体の不調によるものですから、ここで書く内容には当てはまらないかもしれません。ここではあくまで、自分の経験した「内因性」のうつ病について書いてみようと思います。

この病気を経験してみて分かったことは、アレルギーなどと似た部分があるということです。
ここから健康、ここからうつ病という明確な境界線が無い、という意味です。
人として生きている限り、ストレスと無縁で生きて行くことは残念ながらできません。
そのストレスがうつ病の大きな原因の「ひとつ」なのですが、ストレスによって気分が落ち込んだ状態というのは、うつ病に少し近づいている状態だと思います。これが健康な人の場合、様々な方法によってストレスを発散できます。
睡眠もひとつの方法ですし、食事を楽しむこと、好きな趣味に没頭すること、スポーツで思いっきり体を動かして汗を流すこと、すべて脳に素晴らしい刺激を与えてくれる行動です。こうした行動によって、ストレスは「発散」することができます。
しかしストレスが長期間うまく発散できずにいると、心は弱ります。
心が弱った状態が長く続けば、心が壊れます。
これが、うつ病。

うつ病には光がありません。完全なる闇です。暗黒と絶望しかありません。
きちんと治療してもらえば、薬などで治療可能なのに、治療しなければ永遠に治りません。
そして、うつ病を自覚しないままに適切な治療を受けることなく苦しんでいる人がたくさんいます。
うつ病の絶望は、普通の絶望とは違います。何かをきっかけに気分がよくなるとかマシになるなんてことはありません。落ちて行くだけです。地獄のような苦しみです。

「擬態うつ病」

擬態うつ病なんて最もらしい名前が付いていますが、明らかに「仮病」です。
擬態うつ病は病気ではありません。なので、薬では治りません。精神科や心療内科に通っても、擬態うつ病に精通してそれに特化した対処をしてくれる一部のお医者さん以外には対処できません。
ほとんどの場合、うつ病と同じように薬を処方され、通院を指示されます。
しかし擬態うつ病の人にとって、薬は全く役に立たないので、自分の考え方や行動を改革しない限り、永遠に治りません。
また、擬態うつ病に正しく対処してくれるお医者さんは、医者としての治療行為をしてくれるわけではありません。彼らがやってくれるのは、心を強くするための手助けです。つまり、カウンセリングに近いものです。

本物のうつ病と擬態うつ病を見分ける簡単な方法がいくつもあります。

たとえば、本物のうつ病患者は、決してうつ病を言い訳にしません。
これは当然のことでしょう。うつ病にかかった人の心境は、うつ病であることを免罪符にするどころか、逆に申し訳ない気持ちでいます。
「こんな病気になって迷惑をかけてすみません、本当は健康な状態で普通に暮らしたいのだけど、どうにも体が言う事を聞きません。だから、家族や周りの人達にサポートしてもらっていることを、痛いほど感じています。早く治りたい。本当に、すみません」
こんな心境だと思います。少なくとも自分はそうでした。これが一歩間違えると、責任感から自殺に追い込まれます。
この自殺の論理は健常者から見たらおかしいと感じるでしょう。自殺したら残された人にはより大きな迷惑がかかりますからね。
でも、うつ病でどうしようもない精神状態に陥った人には、自殺は唯一最善の解決策のように見える時が多々あるのです。
一旦そう見えると、自殺こそが暗黒の世界に射した一条の光にしか見えなくなります。
こうして、人は死んで行きます。  

擬態うつ病の人は「死にたい」とか「死んでやる」とか言いますが、本当のうつ病の人は言わないかというと、そうでもありません。
うつ病患者も、自殺を口にすることはあります。しかし、物事が自分の思い通りに進まないからといって、他人を操作するために自殺をほのめかしたり、「自殺」を道具にすることはありません。
大きな違い、それは、擬態うつ病の人は自殺しない。うつ病の人は、自殺する可能性がある、ということです。
擬態うつ病の人も自殺未遂をします。しかし、未遂に終わることが多いです。
本当は死にたくないから、パフォーマンスしているだけだからです。だからリストカットする人が多いのです。
対して、うつ病患者の自殺は、確実に死ねる方法をとります。
飛び降り、飛び込みなどが多いです。

擬態うつ病は、正直本音を書かせていただくと、腹が立ちます。
ただでさえ誤解されやすい「うつ病」の実態を歪めています。健常者にとってうつ病と擬態うつ病の違いは分かりません。理解してもらえません。だからこそ、腹立たしいのです。
とはいえ、うつ病というものは自慢できることではないし、現実世界でこんなこと言いません。
擬態うつ病によってうつ病が誤解され、苦しめられている人を何人も知っています。
擬態うつ病は、自分の弱さを病気のせいにしている、ただそれだけなのです。

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