ヴィジョン

今朝の気づき。

僕はさ、なんとなく、とか、直観とかで物事を決めてきた。

それを批判されることがたくさんあったけどさ、それこそが、ヴィジョンで生きるってことなんだね。

僕はずっと、降ってくるヴィジョンで生きてきた。

これからもずっとそうだ。そして、

このままでは、長生きできないことも、理解しちゃったよ。

僕の体はずっと悲鳴をあげてる。まったく、困ったもんだ。

もうちょっと鍛えておくべきだったか?

いや、これでいいんだ。

霊峰富士に呼ばれてる。

先月からずっと、富士山のイメージが頭から離れない。

人と話してても、本を読んでも、富士山の話ばかり出てくる。

まだやり残していることがたくさんある。

それをやり遂げるまでは、死にたくても死ねない。

そういう運命なんだと理解した。

人は、その人として決められた役割を遂げるまで生きる。

夢っていうものは、そういう役割も担ってる。

だらだらと自分の命を生きながらえさせるつもりはない。

ただ、自分がやり遂げたいことがある限り、世界は、宇宙は、それをかなえるためのチャンスを与えてくれる。

本物の癒しとは、本当にボロボロになったときに与えられる。

傷ついていないものを癒すことは神様にだってできない。

アフリカか、アメリカか、中近東か、モンゴルか、シベリアか、、、どこかの広大な土地で、馬を駆っているヴィジョン。

清々しく澄み渡る風を切り、低い地響きを立てながら、疾走しているイメージ。

満面の笑顔の自分。

隣にもう一頭、馬がいる。

誰が乗ってるのかまでは見えない。

なんとなくそれは、戦友のような男性的なイメージ。

その人も、満面の笑顔だ。

海を越えて、大陸に行きたい。

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