邂逅

本当に大切な経験は、直接ここには書けない。
それは友人と過ごした大切な時間だったり、心から通じ合ったりしたこと。

だからこうして遠回りな書き方になる。

普段決して人の助けを求めない友人から救援要請がきたとき、僕は迷わず万難を排してでも友人のもとへ行く。
そして友人との心温まる交流。

僕は最近、感動することだらけだ。生きてて本当によかったと思っている。

友人と書いたけれど、いままで出会った人すべてを大切にしているつもりだ。
たとえわかりあえなくて去ってしまった人でも。
その思いが通じ合ったとき、とても素晴らしい心の通じ合いが起きる。
いつかそういうことが起きることを信じている。だって僕は僕で、いつでも誰に対しても精一杯やっているから。

今日は本当に素敵な日だった。

こんなふうに、心通じ合う人たちに囲まれて生きる日々をダイレクトに感じていると、こうした日々が永遠に続くことがないことについてどうしても思わずにいられない。
だからこそ、毎日を大切にしたい。
朝起きてから、夜眠るまで、あるいは死すその瞬間まで、後悔のないように生きていたい。
さまざまな人間模様で、思い通りの結果が得られないこともたくさんある。
けれど僕は、誠実さと純粋さだけは失いたくない。
僕はひとりの人間で、完璧とは程遠い。ときに、相手が期待したことを与えられないこともあるし、想いがぶつかりあうこともある。けれども、僕は自分が間違っていることをしていることに気がついたら素直に反省し、相手に謝罪する。僕が間違っていないと思うことについては、どうすることもできない。それを、毎回繰り返して生きるしかない。
不器用と言われても、自分を曲げて生きることで、自分らしさを失った生き方はできない。

こうして生きてきて、相互理解があったときは、幸せを感じるものだ。

僕は人に媚びない。媚びることで何も得しないことを知っているからだ。
気の利いたセリフだって言おうと思えばいくらでも言える。けれども、それをあえて言うことをやめたのだ。
僕は相手の気分をよくすることで本質をごまかしたくない。
それで、お互いに自分を曲げずにわかりあえる関係があるはずだ。
さらに言えば、お互いを曲げずに本来はすべての人とわかりあえるポテンシャルがある。
ただ、自我によって様々な誤解が生じ、わかりあえなくなってしまっているだけなのだ。

Hiro Hayashi

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