限界を知り、超える

体力と精神力と忍耐力と知力のすべてを試されてる。

自分のギリギリを追い詰めている感覚は好きだ!大きく成長できるチャンスだ。

Coela COOの福島くんも彼のセミナーで似たようなことを語っていた。過程や現在座標が違っていても目指している場所が同じならば共鳴する、と思った。

武蔵小山で中西さんとばったり出会った。

家の近くでUPSのバンを見た。

これらは、とても深い繋がりがある。

もうすぐ大きな虹が空を飾る。

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ふと立ち止まってしまうと悲しみと己の無力感に沈められそうになる。

あえてその感覚に向き合ってみれば、胸は張り裂けそうになる。でもそのままじっと耐えていると、様々な感情が身体を突き抜けていき、最後には希望のかけらが残る。

それは、苦しさの量に比べてみたら、割に合わないと思えるくらい小さなものだ。でも、例えどんなに小さくても、しっかりとそこにあるという事実が僕を救ってくれる。

失うことを覚悟してでも、僕は誠実な鏡であることを選択し、それで大切な人たちがたくさん僕の周りから去っていった。

中でも、パートナーを失うというのはとても辛いことだ。

たった1人をどうしてあげることもできないで僕は世界に何をもたらすことができるというのか?

否、その論法には出口がない。

何度繰り返して思い返してみても、自分のとった行動を、否定できない。確固たる信念があった。ただそれを伝えることに失敗しただけで。それでは、伝え方をもっとよくすることができたのか?きっとできたのだろうし、できる人は世の中にたくさんいるのかもしれない。僕は自分の限界を知った。そして限界に悔しい思いをして、もっとでっかい人間になって、次もしまたチャンスがあるなら、もっとうまく伝えられるようになろうと願い、また日々を生きるのだ。たとえ2度とチャンスがないとしても。たとえ明日が命日だとしても。

それが、今僕とつながっている人に対しても、つながってない人に対しても取ることができる唯一の誠実な道なのだと思う。そして自分自身の心の健全性のためにも。

かけがえのない友人の1人がヒントをくれた。

伝え方について。僕は完成されたスタイルに固執しているのかもしれないことに気付かされた。これをぶっ壊し、また1から積み上げる覚悟。自信があるものこそ、ぶっ壊す必要があるということを僕はいつも口にしていながら、自分でそれができていないことを自覚した。

人を笑わせることができていない己を自覚せよ。ということだ。

つまり、こんな大真面目なことを書きながらも、笑いに落とし込めてない(自分では落とし込めてると思ってる)ところに、大いなる課題がある。

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とにかく最近の僕はというと、土日のinfo.caffeの営業に全力投球し、非営業日も朝から晩までいろんなことを考えてて、疲れたら一気に全て捨てるように全力で気分転換をしている。

月曜火曜は、週末の営業のために頭も体もクタクタになってて、にゃーちゃんとゴロゴロしたり、プレステ4で地球防衛軍をしたり、友達に勧められた本や動画を見たり、同居人のFくんと自転車でぶらついたり、知らない街の知らないカフェでコーヒーを飲んだりしてる。

最近仲間内で流行ってるのが「ビッグバン・セオリー」というアメリカンコメディのテレビドラマシリーズだ。Amazonプライムビデオなら無料で視聴できるので、ぜひお勧めしたい。

僕はこのドラマに出てくるシェルドン・クーパーという人物に似てると友人たちに言われる。

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