しとしとと降る

先日からどうしてもケーキが食べたくなって、朝から武蔵小山の「王様といちご」(王様とストロベリー)へ向かう。

雨でモンキーのシートは濡れてるし自転車は故障中だし、歩いて行くことにした。
のんびり歩こう。歩調が早まると、すぐに目の前にチカチカが現れる。
あのチカチカはあんまり好きじゃない。

氣が変わった。王様といちごでコーヒーセットでケーキを食べようかなと思ってたけど、ケーキをテイクアウトしてアレッタで食べよう。MakiさんもMakiさんのお母さんも喜ぶかもしれない。そしてなにより、深く傷ついたMakiさんには、いまケーキが必要だと勝手に思うことにした。

Takahashiさんは何度も僕に会うためにアレッタに来てくれてたらしく、今日ようやく会うことができた。ルーバーの話。話題が広がるタイプの人じゃないけど、Takahashiさんも、人の温もりを求めている。そりゃそうだ。定年退職してから独りで暮らしてるんだから。

アレッタに来る常連の人たちは心優しい。きっと日本中、世界中にこんな場所があって、優しい人がこの地球上にはたくさんいるのだ。

午後までアレッタでのんびりしていったん帰宅。
いろいろやることをこなす。

久しぶりに雨の上がった夜の碑文谷をMakiさんと歩き、プルさんとボンボンにごはんをあげにいく。プルさんは、にゃーちゃんにちょっと似てる。ボンボンは身体が小さくて真っ黒だからよく見えない。まだ僕に対する警戒心を持っている。

日常の中に、お気に入りの瞬間がたくさんあることが幸せだと感じる。

アレッタの人たちのことを想うとき、いままでにない不思議な感情が沸いてくる。Makiさんのお母さんは、まるで自分の母親のような暖かさがある。でも自分の実の母とはまた違う種類の優しさを持ってて、お母さんというのもちょっと違う。もっと、友達に近い感覚。まあいいや。こうやって保留しながら今を楽しもう。

Makiさんについても保留だらけで、なんというか姉のような妹のような感覚になることがままある。頑固でストレートなところが実妹に似てるところもある。かといって同じわけでもなく、友達に近い。とにかく僕はなぜかMakiさんのいろんな感情が流れ込んできてしまって、切ないようなどうしようもないような気持ちになって、例えれば最近の雨だらけで肌寒い天気そのものだ。同情はしない。僕も人に同情されるのは大嫌いだから。でもきっと、この付かず離れずのような関係でいいのだと思う。数日おきに、野良猫にごはんをあげるために数百メートルを一緒に歩いて、猫がごはんを食べている時間だけ話をして、家に帰る。この時間だけでも、Makiさんが楽しく過ごしてくれたらいいんじゃない。

そして自分のことにも思いを馳せたり、その思いを手放してみたり。

いろんなことで傷ついている人たちの傷に共感するときの、新しいやりかたを学んだのだと思う。傷口には触れない。余計なこともしない。けれど必要なときには、そばにいる。

母から画材が届いた。母の使いかけの水彩絵具を見ながら目頭が熱くなった。

いろんな想いが、今日もあちこちを駆け巡っている。
この世界で生きていることも、そんなに悪くない。

母と電話で久しぶりに話した。叔母とも電話で久しぶりに話した。彼女たちの生きるスタンスはそれぞれ少しずつ、いまの僕に通じるものがある。