思考レベルを上げる

1番の趣味は何かと問われて答えがなかった自分が、最近になって答えられるようになった。1番好きなものって自分で気付きにくいものだ。僕が好きなことは、考えることだ。深く深く掘り下げてみたり、全く新しい視点を探ってみたりすることが大好きだ。トピックはこだわらず、完璧に雑食だ。

最近自分の体と向き合って感じていることは、人の思考能力はコンディションによってかなり変動するということだ。IQという基準をここで出すことが適切かどうかはわからないが便宜的なのでIQに例えると、たとえIQ120と診断されたとしても、常にその値を保っているわけではない。それ以上のこともあればそれ以下のこともある。要はMax IQ(MIQと呼ぼう)と、Working IQ(WIQと呼ぶ)は別の値であるということだ。Mensa会員には平常WIQが高い人も、スパイク的なWIQによってMIQに近いところで入会資格を得た人も、どちらも所属している。MIQとWIQの値が近い人は脳をフルパワーで稼働させることに長けているが、MIQ近傍での脳の酷使はイオンチャネルを中心に脳内構成物質の過負荷が避けられないため、炎症の原因になったりする。これはいくつかの精神疾患の原因として5年前に研究した。その一部はこちら

MIQの向上は体力づくりと同じで、一朝一夕では成せないが、継続的訓練で可能である。一方WIQについては、一定時間あたりの変化量つまりレスポンスの向上と、Min/Maxに近づくほど変化量に抵抗が増す傾向があるから、それを改善してやる必要がある。これも運動と同じで訓練で向上可能だが、MIQを超えることは決してなく、上限を向上させるためにはWIQのための脳訓練となる活動が必要。さらにIQだけ高くても意味はなく、IQとは脳内情報処理システムのハード/ソフト面である。もうひとつ重要なのがどんなデータを扱うかである。データの多様性は新しいアルゴリズムの獲得のために不可欠だ。同じパターンのデータを処理するために既成のアルゴリズムに革命や改善をもたらすこともある程度可能だが、シナプスに新しい経路をもたらしやすいのはやはりデータそのものが脳にとって革新的であることだ。故に好奇心をもって新しいことを吸収し続けることは、WIQ/MIQの維持向上のためにはたいへん重要である。またWIQの時間変化量(レスポンス)の話と関連があるが、論理脳は使う必要がないときは休ませるべきである。コンピューターを使ってないときにスリープ状態にするのと似ている。常に処理を放り込んでいれば、いざというときのレスポンスにも支障が出るし、データを取り込んで評価する際に、残っていたものがパラダイムを支配してしまい、思考の柔軟性が損なわれる。

思考力は心の状態、精神状態(自律神経の状態)、脳の活動状態に大きく左右される。

余計な課題となるプロセスをなるべく持たないように脳内整理する技術的なスキルも要求されるが、肉体的なコンディションのメンテナンスは肝だ。

脳内の処理能力向上に大きく貢献するのが血流だ。血流は脳が必要とする酸素やアミノ酸といったエネルギー源を供給する。またシナプスの活動は化学的プロセスが多くあるため、そこをクリアにしておくことも重要だ。

Netflixで観たドキュメンタリーによると、いまアメリカでは若者を中心にスマートドラッグが流行中だ。薬物の名前は変われど、実際には覚醒剤やコカインのようなアッパー系の麻薬となんら変わりはない。このような薬物を外部から供給することによって自らの能力開花を遅らせたり阻害しているという事実に気がつかなければ、人は一時的な快楽や一時的な思考力工場に依存し続けるだろう。ちなみに僕はカフェインを含めアッパー系の薬物は全く効かない。特殊なのかもしれないが、自分でコントロールできていると感じる。ここに至るまでにはゾッとするような苦しみを何度もくぐり抜ける必要があったのは確かだ。それが何を意味するのかは想像にお任せしておこう。

脂質は人間にとって必要ではあるが思考力という観点において価値はあまりない。もっと詳しくいうと脳を構成する細胞の成長や維持管理のために脂肪は必要だが、脳の活動のためには不要どころか、摂取後に血流に対する影響を鑑みると脳を使った活動をする直前に脂質は取るべきではない。タンパク質も同様。

全力稼働している脳が必要とするエネルギーはとてつもなく膨大だ。僕は思考だけで体重が減る。それは、体内のブドウ糖が不足した時にケトン体がそれを補ったり、糖が不足すれば当然ながら脂質分解とタンパク質分解のプロセスが起動する。

ところが消化や分解のプロセスにエネルギーをとられすぎるとそれもまた思考へ影響する。

僕が思うベストの思考方法は、丸一日断食またはリンゴなどのフルーツだけを少量摂取し、その後軽く糖質を補給することだ。

肉体的コンディションはこれでかなりいい感じになる。あとは普段から瞑想状態に入れる訓練をしておいたり、思考に入れるパターンを作っておけばいい。

思考がクリアな時は、普段ならば出せない答えが簡単に出せるようになる。しかもそれが明快に説明できる。明らかにWIQが高まっている状態だ。肉体組織にダメージを与えてまでアクセラレーションをかけるスマートドラッグなど必要ない。スマートドラッグで得られる思考力は、その人の本来の能力ではない。基礎力がない状態で加速すれば必ずダメージが蓄積する。

世の中にある文章で言語的に読めるものであれば理解できないものが存在しない。この思考力向上から得られる個人的な恩恵は大きく、とくに思考力の異なる相手との会話において余裕がある。

頭のいい人の言ってることは意味不明とか、頭の悪い人に物事を説明するのは難しいとか不可能だとか、WIQが10だか20だか違うと会話が成立しないとか言われているが、それは相手との思考力の差が十分にない場合に起きる。

WIQの差が40以上あれば、相手のレベルに合わせてわかりやすく理解を促すことが可能になる。差が60以上あれば、それを事前に説明や資料を準備することなくリアルタイムなコミュニケーションだけで容易に実現できるし、相手に理解してもらえない領域も手に取るようにわかる。さらに相手に理解してもらえない領域の会話分岐に表面的な起承転結を設けることで、仮に全て理解してもらえなくても伝えたいことの輪郭を把握させて、話している相手が不完全燃焼のまま会話を終わらせるような羽目になることを避けることができる。

僕はたまに、相手が感情的になる様子を観察することで相手を理解しようとする会話の深め方を適用することがある。この場合相手が感情的になることで嘘の皮を剥く事が目的である事が多い。過剰なプライドというものは真の会話においてまったくの役立たずであり、不足したプライドも不要な着眼点に固執する性質を持つため会話がループしやすくなる。

プライドを持て!とかプライドを捨てろ!とか、他人が好き勝手に言ってるように見えるのはそういう事だ。自分の資質や能力に見合った適切なレベルのプライドを持つことは、相手に対して暴露している自らの評価と、コミュニケーションから受け止められる実際の相手からの評価にブレが少なくなる事で、それによって話している相手はあなたの誠実さと捉える。ただし議論を勝負と勘違いしている相手の場合はその限りではないので、まずは相手の鼻先をへし折った上で握手の手を差し伸べる必要がある。鼻をへし折った時点で握手に答えない相手は、対等な立場での公平な会話の意思がない相手だと判断可能であるから、対等な立場として向き合う覚悟ができるまで放置する。できなければ永遠にその機会が来ないだけの話だ。

僕はよく、相手の嘘を見抜き、それを指摘しない。なぜなら人は無意識に嘘をつく。思い違いもする。意識的な嘘の場合はその嘘をつく理由があり、トラウマを根拠に成り立っているプライドを突き崩すためには相応の覚悟をしなければならない。一度触れたトラウマは、責任を持って収拾つけるところまで付き合う覚悟だ。

このようなプロセスを経ると、明らかに相手の思考力が上がる。無駄な処理が解除されていくからだ。思考力が向上あるいは回復すれば、本人にとっても悪いことではない。現実と向き合いプラグマティックに生きていくためには、人は思考する事が可能だろうと不可能だろうとその哲学的な意味はさておいて思考する望みを持たなければならないからだ。

思考するということはエネルギーを消費してCPUをぐるぐる回すということではなく、むしろその対極にあるということに至る段階がある。

この段階まで来ると、僕はその人となんでも分かち合える。人を信頼するということは、自分を信頼するということに他ならないのだ。

Hiro Hayashi

Leave your comment