遵守しても責任は伴う

「ルールや法律で認められていることをやった場合、やった者に責任は問われない」というのは、僕が日本でよく見かける、世界で通用しない独自解釈のひとつだ。

たとえルールであろうと、そのルールを喜んで受け入れている人間もいれば、多数決などで決まったためにルール化していることを仕方なく受け入れているだけの人もいるし、人によって受け止め方は多種多様だ。それを十把一絡げにして「ルールを守っている人間を責めたり非難したり反対意見を唱えたりするのはおかしい」と決めつける硬直化した考え方に、飽き飽きしている。

本当のルールというものは、逆らうことができないことだ。たとえば重力とか、たとえば光の速度とか。これらは宇宙のルール(法則)に従って動いており、人間の身勝手でルールを変えることができない。対して、人が作ったルールが完全であることは理論上ありえない話で、誰一人として疑問を抱かないルールなど存在し得ない。誰も疑問を持たないルールが存在するのならば、それは社会の問題だ。妄信的で恐ろしい世界だ。

人が作ったルールというものはルールに向き合うものではなく、人と人の関係性をスムースにするための暫定的な取り決めでしかない。なのでルールを押し付けることには全く意味などなく、相手がルールそのものに疑問を持っているのであればそこについて対等に向き合って話をするのが正当であるし、ルールさえ守っていれば相手の感情や立場などどうでもいいというのも違うのだ。