2018年2月24日の日記

オーストラリアの食文化改革

Gold Coast

『うっそうとした』廃屋がない。
草木がどこもかしこも綺麗に刈り込まれてる。
浜辺に、ゴミがひとつも落ちてない。
文字通り、ひとつも!!
道路は、日本のような無駄な工事で掘り返されたツギハギでデコボコがない。
歩道の隙間や隅っこから生えてる雑草がない。
汚くて座るのをためらうようなベンチがひとつもない。

ゴールドコーストが観光地だから?
もしそうなら、相当なお金をかけている?
違う……そういうレベルではない。

僕は同じものを見たことがある。
10代の頃留学していたアメリカのケンタッキー州。

Sydney

ゴールドコーストの透き通るような美しさはさすがにないが、東京はシドニーの足元にも及ばない。
都会ならではのせわしなさのあるところ、つまり人々が『忙しい』ところには、灰色が少しある。しかしその灰色がよくわかるほどに、他の部分がビビッドなのだ。

ここも草木はきっちり刈り取られており、人々は笑顔で、すれ違うと挨拶してくれる。目があったら確実に挨拶してくれる。

オーストラリアで撮影してきた写真を眺めてて、とにかくどの場所も映画のセットのように美しいことについて、なぜこんなにも差がつくのか、疑問が解けてなかった。

なんというか……ただ、ゴミが落ちてないだけではない。圧倒的な日本との差がある。

広告看板の類がコントロールされていることも景観のひとつ。

Mogo

こんな片田舎でも、また、ここに至る300キロの旅路でも、ゴールドコーストで見た美しさはそのまま存在していた。

牧場地帯も山道も。

仮説

  • 実際の差異
    • システム化された道路清掃
    • 合理的なゴミ収集
    • ゴミをポイ捨てしない
    • ゴミ箱が至る所にある
    • 看板広告がない
    • 道路工事や建設現場ですら美しい
    • 農場の納屋も美しい
  • 目立つことよりも美しさを優先する文化
  • 割れ窓の法則が、街の汚れだけでなく、より深いところまで根付いている
  • 人々の心に余裕があるので、ひとりひとりがプラスアルファに考えが至る
  • 自分自身の解放された心が美しいものをさらに美しく見る感性を加速している
  • 金銭的余裕→パートタイマーでも最低時給が日本円で2千円近い……スーパーの床掃除スタッフが、日本のサラリーマンよりも高収入……農場で働けば月50万円は簡単に稼げる
    • 職業選択の理由は賃金ではない(お金よりも内容)

これだけの高い文化をもつオーストラリアを目にして、日本は後進国である事を嫌でも意識する。
日本はお金があるだけで、お金の使い方を知らない。
中国や韓国を馬鹿にする人がたまにいるけど、日本も同じなのだ。

食文化:レシピ

高度な素材を安く手に入れられる現場を目の当たりにした。
一方、オーストラリアとアメリカ合衆国で共通する課題がある。
それは、肥満。
肥満から逃れるためには、ダイエット。ダイエットのプランは西洋的。最近の日本人も馴染みのあるやり方だ。
ここで、オーストラリアとアメリカの共通点がある。
移住してきた西洋人には、食の歴史がないのだ。
アメリカ原住民(アメリカンインディアン)やオーストラリア原住民(アボリジニ)に肥満は少ない。
体質の違いもあるのかもしれないが、ひとつ言えるのはアメリカやオーストラリアに住む西洋人は、食の健康においてはまだ試行錯誤しながら文化を模索している段階であること。
食文化だけは一朝一夕では成らない。

オーストラリアやアメリカ合衆国にも和食やヨーロッパの食事は存在するが、それはあくまで、日本にも海外のレストランがあるのと同じレベルの話だ。
その根底にある心まで伝わってない事を強く感じる。
外食で和食を食べて健康になるか?答えはノー。

これだけ文化的土壌のあるオーストラリアにおいて、食に対する意識の高さは日本の比ではないわけで、ここで月額食堂のようなコンセプトで和食のマインドセットをベースとした(オーストラリア人の舌に合わせてカスタムした)食事を提供すること、さらにその考え方を伝えていくこと(ただの料理教室ではなく、その心の部分を伝える事を主眼とする)は、肥満大国において大きな価値となる。
これは、本物のグローバルレシピとなるのではないか。

食文化:食材

米国企業の日本支社で働いていた頃、オーストラリアからAlisonという女性が来て一緒に仕事をしたことがある。
彼女はステレオタイプ的な欧米人と少し違って、とてもシャイ(でも文化的にきちんと教育を受けているのでビジネスシーンでは社交的)で、自然な笑顔が素敵でおおらかな人だ。
彼女は初めて日本に来たのだが、とにかく驚いたのは、偏食だったこと。
当時担当していた製品のトレーニングを提供するため、共に国内出張をする機会が多かった。そのため、食事も一緒にとる機会が多かった。
さまざまなレストランに行ったが、和食は口に合わないのか、ほとんど口にしない。
それではと、オーストラリアでもなじみ深そうな食べ物のあるお店にも行ったが、やはりほとんど残す。
一体何を食べて生きてるのかと当時は思ったものだ。
では実際彼女が何を食べていたのかというと、自分で見つけてきたパン屋さんで買ってきたライ麦パン。
日本滞在中、ライ麦パンばっかり食べてる。

オーストラリアに行って彼女のことを思い出してみて、わかったことがある。
確かに彼女は偏食的かもしれない。でも人間は生まれ育った環境で食べてこなかったものにはチャレンジしない生き物だ。いや、人間だけではなく、すべての生き物が新しい食べ物には警戒する。
そしてもうひとつ、大事なこと。
日本で我々が普通に口に運んでいる食べ物の多くは、オーストラリアの人からは偽物にしか見えない可能性が高いのだ。
偽バターであるマーガリン。
偽パンである白くてふわふわの食パン。
鮮度が良いと見せかけるために生肉の赤さを持たせるために亜硝酸ナトリウムを塗る。
野菜は生命力の低い種子を使い、海外では禁止されてる農薬や発育促進剤を堂々と認可されて使い、インスタント食品や加工食品の原材料には見たこともない薬品の名前が並んでいる。
Alisonは、日本に住む我々の前で『これは食べ物の味がしない』とは言えなかったのだ。そりゃ言えないだろう。
彼女が食べてきたものと、日本で食べられるものは違うものだった。
その証拠に、Alisonはオーストラリアでは偏食ではない。
そして彼女は、田舎で生まれ育ったわけで、オーストラリア人の中でもさらに舌が敏感なのだ。