自分をよく見て。

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いちばん助けて欲しいのは、自分なのかもね。

1月に組織を追い出され、信頼していた人から裏切られた経験は、それなりに僕を傷つけたということか。

傷つけられたときの記憶は、僕にとって原動力となっている。決して間違ったことをしているとは思えない。だって結果はどうあれ、すてきな出会いがたくさんあったという事実は、揺るぎない。

ではなぜこのように僕は振り返っているのか。答えは出ている。先日のM氏とI氏の件だ。

M氏とI氏はふたりとも僕よりだいぶ年上だ。M氏は僕の親よりもひと回り年上で、I氏は年齢知らないけど、どんなに若くとも僕の親と同世代だ。

ふたりはまるで子供みたいにいがみ合っており、そこに僕を含め何人も巻き込まれた形になった。

年齢は関係ない。分かってるけど、分からない。年の功はどこへ行った?

友とは何か?

ふたりとも、自分の主張をそれぞれするばかりで、僕のような若造の話は本質的に聞き流されてしまっているのだ。

僕が普段やっていることは彼らの甘えを生んだか? 今まさにそれを是正しようとしているだけか?

どうやら僕は依存されることに対してアレルギーがあるようだ。自分の中にあるその原因は何か?

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