Author: Hiro Hayashi

multiverse

My cat, Nyachan just came to me, and bothered my computer work with his cute voice. I asked back to him, “What is your opportunity to do something?” Of course he does not answer in the ordinary way, but I can know his answer in the secret way. Very very secret way. Everything we do in the real life is related to love. We don’t have to know the meaning of the word. We don’t even have to know the word. But we already know what the love is since before we were born to here. The love originally doesn’t have any direction. It’s like full duplex communication. Not one to one. Infinity to infinity. So that love means everything. But when we describe in our words like this, the love cannot be explained precisely. Never. What you do is the part of love, that means we cannot ignore the existence of love. Love is not emotion. Love is not passion. Love is not any kind of status. Universe is a part of it. Gravity is a part of it. Cell is a part of it. When you talk or think about something, maybe it’s a good timing to recognize...

Occam’s razor

The possibility this world is not like I used to believe. If the definition of real world is limited to my past belief, the world is not real now. So that I need to redefine the real. Real can be also defined as whatever ongoing in present. In this definition, the real is more changeable, vary, like cloud in the sky. At least I recognized there’s no rule before matter. The consciousness decides rules. https://ja.wikipedia.org/wiki/正則化 https://ja.wikipedia.org/wiki/過剰適合 https://ja.wikipedia.org/wiki/パーセプトロン https://ja.wikipedia.org/wiki/交差検証 ソラリスの陽のもとに 『ソラリスの陽のもとに』(ソラリスのひのもとに、原題:Solaris)は、ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムが1961年に発表したSF小説。最初の日本語訳(ロシア語版からの重訳)は、1964年に早川書房『S-Fマガジン』に掲載され、1965年にハヤカワ・SF・シリーズで刊行された。2004年にポーランド語からの直訳が『ソラリス』の題名で国書刊行会より刊行された(2015年、ハヤカワ文庫SFから刊行)。 『惑星ソラリス』として1972年にソ連で、『ソラリス』として2002年にアメリカで、2度映画化された。 あらすじ 時代は未来。舞台は、異常な軌道を持ち、有機的な活動を見せる不可思議な海で覆われた惑星ソラリス。主人公ケルビンは惑星上空に浮かぶソラリス・ステーションに到着し、ステーションで発生する奇妙な現象と「海」の謎を探ろうとする。 ステーションに到着した研究員ケルビンは先任者の一人であるスナウトに出会うが、なかなかまともな会話が成立しない。別の研究員ギバリャンはすでに自殺しており、サルトリウスは自室に閉じこもっている。研究員たちは、ステーションに存在しないはずの人間が出現するという奇妙な現象により精神的に苛まれていた。 ケルビンの居室にもほどなくして、何年も前に自殺した恋人ハリーが死ぬ直前の年頃の姿で現れる。謎の人間たちは、ケルビンら4人の研究員の記憶をもとにして「海」が生み出したコピーだった。彼らが「客」と呼ぶそれは、一見人間のようだが、怪我をしてもすぐに再生するなど人間としてはありえないふるまいもする。ケルビンらはそれぞれ自分の「客」のオリジナルに関して強い情念やトラウマを持っており、「客」との生活で精神が蝕まれる。 ケルビンはオリジナルのハリーの死への自責の念に苦しみながらも、「ハリー」に好意を持つようになる。一方で、ソラリス学の研究史を振り返りながら「海」の真意を探ろうとする。 顕微鏡で「ハリー」を検査したケルビンの発見にヒントを得て、サルトリウスらは「客」を物理的に消滅させる方法を考案し、準備を進める。ギバリャンが残した音声記録をこっそり聞いた「ハリー」は自分が「海」に作られた道具であること、ケルビンに苦痛を与えていることを知り、サルトリウスの装置で消滅させられることを自ら選ぶ。 「海」は「客」を送り込むことで人類に苦痛を与えようとしていたのか、好意を示そうとしていたのか、実験しようとしていたのか。ステーションで「ハリー」とケルビンがつちかった愛情にはどんな意味があったのか。理解への道は果てしないが、ケルビンは「ハリー」の喪失を乗り越え、ソラリスに残ることを選ぶ。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ソラリスの陽のもとに 惑星ソラリス 『惑星ソラリス』(わくせいソラリス、原題ロシア語:Солярис、サリャーリス、英語:Solaris)は、アンドレイ・タルコフスキーの監督による、1972年の旧ソ連の映画である。ポーランドのSF作家、スタニスワフ・レムの小説『ソラリス』(早川書房版での邦題は、『ソラリスの陽のもとに』) を原作としているが、映画自体はレムの原作にはない概念が持ち込まれており、また構成も大きく異なっている。1972年カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞。1978年、第9回星雲賞映画演劇部門賞受賞。 https://ja.wikipedia.org/wiki/惑星ソラリス

退院

今日は退院。心臓よ、我が身よ。よく耐え抜いた。ありがとう! 心筋梗塞 前壁梗塞 前壁梗塞は、前壁中隔(心室と心房の間)梗塞、前壁梗塞、前壁側壁梗塞と梗塞部位により詳しく分けられることができるが、これらを支配する血管は、心臓の前壁を走行する左前下行枝(LAD)であり、LADが閉塞すると、前壁梗塞が起こる。15区画では#6~10にあたるところ。 (※前壁側壁梗塞になると、回旋枝も関係してくる) 前壁梗塞の心電図変化 前壁梗塞の場合には、下や横から心臓をみる四肢誘導よりも、体の正面から心臓をみている胸部誘導で変化を捉えやすい。 胸部誘導は図であらわすように、心臓を取り囲むように各誘導があるため、前壁梗塞であれば主にV2~V4で心電図変化がおこり、前壁中隔梗塞であれば、V1~V3であたりで変化があり、前壁側壁では、V4~V6で変化が及ぶことが想像できる。 前壁梗塞を詳しくみると、心電図変化を呈する部位は次のようになる。 前壁中隔梗塞…V1~V3 前壁梗塞…V2~V4 前壁側壁梗塞…V4~V6 広範囲の前壁梗塞(LMTの閉塞)…V1~V6 心筋梗塞の病態生理 動脈硬化の原因となるプラークが破綻し、血栓が形成されることで冠動脈の血流が途絶え、閉塞部より末梢の心筋に壊死を来たす。 壊死した心筋の範囲により、非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI:ノンステミ/エヌステミと読む)とST上昇型心筋梗塞(STEMI:ステミと読む)に分類される。 NSTEMIは、心内膜下の壊死にとどまり、STEMIは心筋全層の壊死を来たした状態でありSTEMIの方が緊急性が高く、治療方針も異なる。 心筋梗塞の症状 30分以上続く強い胸痛 胸部全体、背部、心窩部の痛み ※左前腕・肩、首、歯の痛みを訴えることもある 胸部不快感や息切れを主訴とすることもある ショック症状 迷走神経反射(徐脈・血圧低下) 嘔気・嘔吐 心筋梗塞発症時、絶対痛みがあるわけではなく、特に糖尿病患者では神経伝達が鈍くなり、高齢者では10~15%が無痛性!! 『肩凝りがつらい』『なんだかだるい』など訴えは様々なので、おかしいなと思ったら心電図評価を行う! 心筋梗塞の検査所見 心電図の変化 心電図は急性心筋梗塞の診断に最も有効で、おかしいなとおもったらすぐに12誘導心電図で検査し、5~10分おきに評価する。 ほとんどは、障害電流を示すST上昇を呈し、発症2~6時間後には心筋の壊死を示す異常Q波、2~3日後には陰性T波など経時的にに心電図も変化する。壊死した心筋は治ることはないため、一度でも心筋梗塞を起こした患者は異常Q波形が消失することはない。 ※NSTEMIの場合には狭心症と同じように障害電流を示すためSTは低下し、異常Q波はみられない。

好奇心を満たす至上の喜び

思考に配慮しなさい。そう教わった時にわかっていなかったこと。思考は他者にも己にも影響する。清々しく生きよう。 明日退院できたら、外の空気を吸いながら、生き延びたことを全身で感じてやるんだ。 心臓の一拍一拍が無事である事で、今という繋がりが延長している。当然この先には何かがあるのだ。そこに関わる流れに乗る自分を観察するだけ。理解しようとしなくても良い。 自分ばかり見つめたり特定の誰かだけを追いかけたりする事によって様々な見落としが起きる。バカであれ。ハングリーであれ。 この2週間は、脱皮のための時間だった。 渦巻いていたparticlesが放射状に展開している。自分の位置が前に動いている証拠だ。観察している方向と進んでいる方向が一致しているのだ。 通り過ぎたものは赤方偏移して、さらに波長の大きすぎるゆっくりしたものは、視界に入らない波長となる。逆に波長が高過ぎて見えなかったものが見えて来る。一般相対性理論だ。そのときわたしという主格を時間という客体から計れば、1年を1秒で、10年を1秒で突き進んでいく。 エネルギー保存の法則は、この3次元宇宙と呼ばれる1/∞の可能性具現化の中でのみ通用する。 現在過去未来すべてが同時多発的にわたしの中にある。それを作っているのは誰なのか知らない人には人生という宇宙の制御も理解もできない。

イノベーションはリスクを追うこと

場というものは『なんだかよくわからないけど、あそこでは常に何かが起きてる』をプロデュースすることだと思うんです。何かを起こし続けられるのは、才能。努力では超えられない壁。 誰もが追いつけないくらいのイノベーション。それを追いかけたい人が集まる。それが、ラボ。 継続や維持に執着したら、守りの土壌ができ、集まる人もその波動に引き寄せられる。イノベーションを愛する人だけをふるいに引っ掛けるには、守りの経営は許されない。 変化を愛し憧れる人々は、守りの場には飽き飽きしている。そんな素振りでも見せたら、直ぐに飽きられておしまい。それは自分自身への言い訳の現実化なのだ。恐怖を捨てられない人間にはイノベーションは不可能なのだ。 イノベーションとはリスクアセスメントから違う。リスクを回避するのが守りならば、リスクをとるのが攻め。

The Yin & Yang

僕は変だ。 自分のことを変だと言う人はたくさんいるけど。僕は変だ。 変な力を持ってる。 そして、本物のtwin flameと出会った数少ない幸せ者でもある。 出会ったことは幸せだと思うけど、それは僕の探究心とか人生観とかを全て加味した上で思うことでもあり、全ての苦しみや試練を乗り越えてなお感じる、100%自己満足的なものでしかない。 なんでも分かち合えると思ってたら、何も分かち合えないのだ。 孤独を耐え抜く力が求められる。逆流を泳ぎきる力を求められる。全ての強い反乱に立ち向かい、自分が信じている芯を守り抜く覚悟が求められる。全てを守る覚悟が求められる。全てを愛する覚悟が求められる。 求められる力に答えられなかった時、何が起きるか知ってる。当然やってくるのは死だ。そしてそれ以上がある。 期待しないからこそ、得られる感動がある。期待と確信の違い。 今ここに原点があり、そろそろ次のステージの門が開く時だ。

Alpha and Omega

かくして、心に残ったものは 何も映し出さないひとつの純粋な透明。 炎は他者の夢であった。 深い森と思わしき闇の先には何もない。 遠き輝きは全てわたしが関わるべきものではなかった。 欲というものが、よくわからなくなる。 引力のような、磁力のような 惹きつけるもの。 それを愛と呼ぶのであれば わたしはそれを与えると思い込んで得てきたのか 求めることで与えてきたのか。 輝く光の元にわたしの輪郭がある。 そこにぴったりと当てはまる、場所がある。 それは片割れとの邂逅。 光と闇の調和。 すべてのおわりで、すべてのはじまり。

いろいろ

病院の大部屋で、会話に参加する気になれない。 本院にいた時はもう少し明るかった。今は、話をするだけでも疲れるし、明らかに疲れる相手と仲良くする義理もない。 研修医に『昨日はうるさくしてすみませんでした』と話しかけられた。一瞬『ん?なんのこと?』って思って、ああ、僕のお隣のベッドのおじさんのことだねってわかった。 この大部屋のおじさんたちは基本的に自己中である。まず、窓際のよく喋る丁寧で腰の低いおじさん。他人に余計なお世話ばかりして自己満足している。糖尿病なのにお菓子がやめられない。定期的に来るコンビニのワゴン販売でお菓子を買い込む。無理して生きてるからその反動が出てる。聖人ぶる必要なんてないのに。 そのおじさんと僕の間のおじさん。入院も病気もすべて他人のせいのような扱い。愚痴と言い訳ばっかりで、周りに合意を求めるタイプ。お近づきになりたくない。 かくいう僕も、病になりこの大部屋にいるのだから、何かしら気づけてない自分の嫌なところがあるんだろう。このおじさんたちのように、何かあるのだろう。未熟だから『これだ!』って確信持てないでいるけど。 病気して、様々な人にお見舞いの言葉とか実際のお見舞いとかしてもらって、その言葉一つや、態度一つからいろんなものが見える。 すべては行動で決まる。 友達だと思い込んでた相手がそうじゃなかったケース。結局僕自身、何かの利益のためにその相手と仲良くしようとしてたエゴがこの結果を導いたわけで、誰にも責任転嫁するつもりもない。 今回の入院を通じて、多くの人に愛されていることに改めて気づくと同時に、多くの愛に似た何かにも囲まれてきた事にも気づいた。 愛に似た何か。冷たくて、絶望的で、重くて、胸がぎゅっと苦しくなって、エネルギーを吸われて、それでいて、麻薬的なやつ。僕はかつてそれにもっと慣れ親しんでいた。それが暖かさだと勘違いするほどに、僕はもっと冷えていて重かった。でも当時の冷え切った僕が温かみを感じていたあの感覚は忘れ得ないから、多くの人がこれを愛と勘違いしてしまう流れもよくわかる。 本物の愛は、温度の低すぎる存在には当たり前すぎて見えないようだ。 太陽の光が燦々と頭上から光と熱の恵みを注いでくれている事にも意識せねば気づけないようなものだ。 愛はさりげなくあり、主張しないから。 交換条件に相手の常識に収まる生き方を所望されるのならば、それを叶えてあげられるのは自分ではない。 暖かい太陽のような優しい関係性が。あの海に囲まれた町の思い出。たくさんの共有した思い出。 いつも海があった。そうだ。 今年の夏は海に行くと言い続けてたっけ。

組織の腐敗病理

組織運営におけるキャッシュフローをあまりテクニカルに走りすぎると痛い目を見る。自作の篩にかけずして上流から流れ来る水の量に頼れば、それだけ組織としての力が削がれている。 ステークホルダーの利害関係は組織単位で図式化できるものとそうでないものがある。組織の方向性イコール組織構成員全員の方向性ではない。まさにその部分こそ着目すべきで、組織が掲げる理想論と組織構成員が感じている現実をもとにした明示化されていない理想の形とのギャップがあると組織は腐敗し、人員の士気が削がれる。なお業界の人員流動性における囲い込み腐敗が発生している場合は、構成員ともども組織自体が業界を巻き込んで堕落し、経済性の向上は見込めなくなる。ここまでくるともう手遅れの病である。もし人員流動性の確保が十分に見込めるのであれば、組織単体の腐敗つまり業界全体としては新陳代謝として済ますことができる。 人員の向上意欲単位、方向性(ベクトル)、その総和としての組織の方向性が一致しているかどうかを測る指標を用意することは、ある程度可能ではないか。 イデオロギーによる汚染、ドグマにとらわれるという言い方もできるが、こちらの計測もある程度可能であると推測する。

Vital

6月に入り、病棟を移った。 心臓は思った通りというか思いの外というか、生活上かかる軽い負荷にも音を上げる。食事を始めると胃が動きだして疲れる。視界がチカチカする。歩きすぎても同じ。検査や心臓リハビリの後も。 転倒の危険があるということで、いったん出た院内歩行許可が取り下げ。車椅子。 運動処方(CPX)検査の結果、ピーク時の酸素摂取量が15.1ml/kg/minで、20は欲しいですねとのこと。 運動耐容能は同性同年齢の51%。許容運動量は3METs以下。ゆっくり歩く程度。 BNPは220.6pg/ml。EF(左室駆出率)は51%。 eGFR(糸球体濾過量)は58.3ml/min/1.73m2 HbA1cは8.2%(NGSP)。 LDLはロスバスタチンを20mg/day処方されてて81mg/dl、HDLは30mg/dl、中性脂肪は416mg/dl、総コレステロールは175mg/dl、Non-HDLコレステロールは145mg/dl。 血圧や体温は低め。今日は運動前血圧が95/75、体温が35.8度。

Children of the Stars

何も特別には見えなかった初夏の日、兆しは視覚化した。 My role may be end in this universe. The judgement day cannot be chosen by human by the way. 紺空に輝く色とりどりの星たちよ。 Thank goodness. Definitely a great opportunity for you. 失うと言う幻想に囚われた者たち。何も失わない。ただし、希望は満たされる。 罪深い悲観を断ち切るには相応の覚悟と勇気が要求される。 わたしは準備ができた。あなたは?

毎日のごはん

ご飯は、誰のために作るのか。 突き詰めるとそれは、自分のため。自分の肉体を維持するため。それが直接よろこびになるように出来ている。自分で責任を取れるのは、自分の身体だけ。 世の中の事業家に問いたい。 自分自身が毎日健康的な生き方、できてるか。できてない人間に、健康を語る資格ない。僕にもなかった。 自分の体すらよろこびに満たせなくて、どうして他人にそんなもの提供できようか。 規則正しい生活。朝起きて命あるよろこびに浸り、食べ物のひとくちひとくち、我が身に分け与えられた食物と言う名のいのちの尊さを自分の身体に取り込む儀式を感じ、なんの見返りも求めずに自他の境界なく1日を楽しく自由に動き回り、自分や他人を傷つけたりせず、日が落ちたら眠る。 僕は30代の終わりまで長い間、他人のために自分を犠牲にする生き方をしてきてしまったことを反省し、それをやめた。 やめたきっかけは、今のパートナーだ。 心から愛する人の未来を思った時、自分の体すら労らなければ成せないことがたくさんある。 死んだら元も子もない。ところが死を恐れたら何も変わらない。その葛藤の中、毎日自分の中にいる天使と悪魔が闘ってきた。 『もういいじゃないか。自分と自分の大切な人だけ幸せになれれば』 『自分の周りだけよければそれでいいのか?そんな差別的な考えがこの世の中に残ったまま死んで、安心して愛する者をこの世に残せるか?』 『もう俺の心も体も限界だ。なんでこんなに傷つけられ誤解されながら走り続けようとする?走ってることすら理解してもらえてないぞ』 『ここで挫けてどうする。苦しみを感じているなら前に進んでいる証拠。苦しいのは自分自身がまだ未熟だからだ。物事の捉え方を変える必要性に目覚めてない自分の弱さだ』 こんな自問自答をずっとずっと深く掘り下げてきました。 今理解しているのは、自分の信念を成すために他人の理解を得るのは不可能。それがとくに、まだこの世にない概念や価値観の場合は、理解されないどころか非常に拒否・否定・排除されます。 天動説が常識の時代に、地動説を唱えた人たちと同じだ。 とかいなか食堂は、僕が筋の通らないことをしてるくらいに思ってるのだろう。今までも人の話を聞かない方々に期待はしてないし、今更また説明するために自分を傷つける必要はない。 経営やチームプレイには、豊富な経験が必要です。リーダーシップです。社会問題の複合的な相互作用を冷静に客観視して事実だけを積み重ねるには、相応の訓練が必要です。意見の偏ってしまった組織、公平性の失われた組織、そのどちらにも用はない。 大きな学びを得た。 これからの僕の活動にとって大切なこと。

本当にやりたいこと

昨日、吉川さんがお見舞いに来てくれた。 とても嬉しかった。 最後に「これからの生き方」の話になった時に、「もう他人に認められるような話じゃなくて、利己的に、自分が本当に何をしたいか」と言うお話をいただいた。 その時は、「そうだな……全くその通りだ」って思ったんだけども、おかえりになった後によくよく振り返ってみると、僕は今まで人に認めてもらうとかそんなことのために活動してない。その証拠に、今みたいなことになっても全く後悔もしてない。自分がやりたいことのために、やれることをやってきた。ただ、思い通りのものを作るためにはまだ力が足りなかったことを素直に認めるだけだ。 吉川さんが残していってくれた本がここにある。 『ナウシカの飛行具、作ってみた』 この八谷さんも、何度も試作機を作ってきた。僕にとって、過去に様々なところで携わってきたプロジェクトも、とかいなか食堂も、すべて試作機だったのだ。 思い通りのものが出来上がった時、試作機は完成機になる。それだけのことなのだ。 でもひとつ、吉川さんの言葉から、今後やりたいことのひとつがとても大切な宝物に見えてきた。

残された時間

残された時間がどれくらいなのかわからないという点において、僕はあなたと同条件である。 確率の話をしても仕方がない。なぜなら人の命は一度きり。何度もサイコロを振り直せないのだ。吉と出るか凶と出るか一発勝負だ。 ここで僕が多くの皆さんよりも一歩抜きん出てアドバンテージを握っていることをお伝えしておこう。 それは、僕が命の残り時間を感じられていることだ。あなたは感じているか? フルパワーを懸けられるのは残りあと一度きりだ。それまでは虎視眈々と狙いを定める。そんな今この瞬間死ぬかもしれない。 楽観視をするのはやめだ。 胸の痛みを感じてから治療までかかった時間、回復の具合。色々感じてるんだ。 このままでは終わらさん。

Bye Bye, Facebook!

I see you in pictures and videos, but it’s far from the excitement that I actually meet you.たとえ写真は動画であなたを見ても、実際にあなたに会う感動には遠く及ばない。 My passion to you is spoiled whenever I satisfy myself by seeing you virtually.仮想空間であなたを見ることで、あなたにに対する情熱がスポイルされている。 So, I decided to leave here, to see you in the real world.それで私はここを去り、現実世界であなたに会うことにした。 I delete my Facebook account today.今日、自分のFacebookアカウントを削除します。

働く誇りと自由

看護師さん、ヘルパーさん、薬剤師さん、療法士さん、技師さん、事務員さん、配膳の方、ベッドのシーツを替える方、掃除の方、洗濯の方、……。ここではお医者さん以外にたくさんの人たちが献身的な心持ちで仕事をしてる。救急で運ばれるところから今まで、いったい何人の方に直接助けてもらっただろう。裏で支えてくれている顔を見てない方も含めたら大変な数だ。 「世の中のものはほとんど金で買える」なんて発言する人がいなくなるまで、俺はこうして発信し続けていく。 世の中はカネや理屈で回ってるものなんてほんの少しだけだ。そんなものは残りの大部分に支えられて贅沢を享受してるんだ。そんな贅沢、無料でも欲しくない。 世の中がカネや理屈だけだったら、誰が喜んで見知らぬ人のシモの世話をする?そんなことしなくても他に仕事の選択肢はたくさんとれる有能な人が、それをやってるんだ。 患者の中には、お年も召していて体も辛くて我慢の限界ギリギリで生きているがために、言葉や態度が他人に対してきつくなる人も少なからずいる。そんな人たちを毎日毎日相手にして、多くの患者を退院まで面倒見て、一部の患者の死に向き合い、それでもなお毎時毎分毎秒、新しい患者たちがやってくる。 交代制で紡がれていくこの病棟の機能。 価値のある仕事。 ……ほんとは、どんな仕事だってそうなんだ。価値があるんだ。 ただ、目の前に見えやすいのかそうじゃないか。それだけの違いだ。 人の献身が目に見えにくい仕事を見抜くには、ちょっとばかり想像力を要する。それだけのことだ。 世の中には、自分が人の役に立ってるのか立ってないのかわからなくなってしまうほど、複雑な社会に組み込まれた仕事がある。ITなんてそんな仕事の一つだ。 でもITが無かったら僕の手術は成し得なかったから僕は死んでた。医師は、造影剤によってX線越しに映った画面上の動脈を見ながらオペレーションする。心拍計もカルテ管理も点滴管理もナースコールも栄養管理も薬剤管理も、ITを欠かせなくなってる。 自分の仕事をお金に換算するのはやめて、もっと誇りを持てるようにしていこうよ。 今の日本に必要なのは、誇りを持て!とかいう意味不明な号令じゃなくて、ホントに心から一人一人が持てる、生きる自信。自信を持てることをしよう、じゃなくて、自信を持てることをもうやってることに感付こう。 後ろめたいことを見ないようにしてやってる人は、きちんと向き合って自分の誠実さ・清廉さを認めよう。 自分が認める仕事を100%自分の意思でするとき、自由であると実感するよ。

Job

Don’t find a job.仕事を見つけてはいけない。 Invent a new job.仕事を発明すること。 Invent a job only to make someone happy.誰かを幸せにするためだけの仕事を発明すること。 If you recognize somebody already invented the same job, decide if you join the pioneer or invent a better one.そして、誰かが既に同じ仕事を考え出しているを知ったら、先駆者に参加するか、より良い仕事を考え出すか選択するのだ。 If you need to learn from pioneers to invent a better job as a pioneer, just help the pioneer. They will give you the experience, knowledge, human relationships, wide outlook, and some earnings.あなたが先駆者としてより良い仕事を発明するために先駆者から学ぶ必要があるならば、ただ先駆者を助けること。彼らはあなたに経験、知識、人間関係、広い視野、そしていくらかの収益を与えるだろう。 Don’t create a job to make this world more complicated. It’s not a job at all. It’s called social betrayal.この世界をもっと複雑にするために仕事を作ってはいけない。それはまったく仕事ではない。それは社会的裏切りと呼ばれている。 Your life was given to you. Spending your life time to somebody else’s benefit is called as sacrifice. Don’t sacrifice your life for somebody else. あなたの人生はあなたに与えられた。あなたの人生の時間を他の誰かの利益に費やすことは犠牲と呼ばれる。あなたの人生を他の人のために犠牲にしないこと。 Sacrifice and work are completely different. The difference is clear in words. However, there are many who confuse these and waste their lives.犠牲的行為と仕事は全く異なるもの。言葉にすれば違いは明らかだ。ところがこれらを混同して自分の人生を無駄遣いしている人がたくさんいる。 When participating in a job that others have made, it should be learning to make a better job.他人の作った仕事に参加するとき、それは更に良い仕事を作るための学びとすべきだ。 As I said at the beginning, don’t finding a job but invent a job.冒頭に書いたように、仕事を見つけず、仕事を発明すること。 Look over the world, discover what people need, and provide it by your hands. This is the job.世の中を広く見渡し、人々が必要としているものを自分で発見し、それをあなたの手で提供する。これが仕事だ。