ポジティブ・マインドセットの魅力

「思考は現実化する」

この言葉について疑いの余地がない人にとって、ポジティブ・マインドセットの講釈を垂れるつもりは毛頭ありません。

いまから17年ほど前に辞めた会社の上司が僕にくれた本があります。

大きく考えることはとても素晴らしいことだと僕は思います。

いま働いている組織に入ったとき僕は皆の前で「世界一の組織にしたい」と宣言しました。
この考え方がどれほど大切なことか、お分かりでしょうか。
世界一にすることを前提にすれば、そのためにやるべきことが見えてきます。
しかし例えば、「日本でトップ100くらいになれればいいか」という目標を立てたとしたら、そのために思いつくことは、世界一になるためのものではないのです。
世界ナンバーワンを目指して初めて、ナンバーワンになる可能性もあるし、ナンバー2やナンバー3になる可能性もあります。
結果としてナンバーワンになれなかったとしても、ベストを尽くすことができます。

ベストを尽くすということは、自分や組織全体のポテンシャルを最大限に引き出すということです。
どんなスポーツでも、勝つつもりがなければ勝てない。勝つつもりでいても負けることがあるのに、はじめから負けるつもりでは勝てないのです。
勝つためにできることはすべて考え、計画し、実践します。
そうしてはじめて、「フェアネス」の意味も理解できます。つまり勝つためにやっていいことと悪いことはルールに規定されていることよりもさらに上位にある倫理観に委ねられているということに気付きます。

倫理観を理解するためには自己の肯定、他者の理解、主観と客観を正しく知る必要があります。これを人は感謝とか愛とかいろんな言葉で表現することがあります。

すべての事象は自分があずかり知らぬところで繋がっているという前提に立てば、昔の人が残した教えから現代科学の法則、哲学にまで一貫した法則が見えてきます。量子学上のエンタングルメントと同じです。縁やタイミングやシンクロニシティといった言葉もありますね。

すべてはあなたの捉え方、取り入れ方、考え方次第だということです。

そうであれば、ネガティブな思考がどれほどの罪悪なのかは想像がつくところです。ネガティブは想定や確信はネガティブな現実を生みます。それによって間違いなく苦しむのはネガティブなことをネガティブだと認識しているあなた自身です。

物事をポジティブに捉えられないとしたら、それは単に経験から学ぶというサイクルが足りないだけです。時間が解決することもあります。つまり物事の捉え方のバリエーションや広がりが足りないだけ、ということです。

思いがけないところで躓いて転んでも、信頼している人に裏切られても、予想できないアクシデントで大切な予定が狂っても、貸したお金が返ってこなくても、すべては確率の世界で自分の期待どおりにいかなかっただけです。未来は誰にも予測できないのに、ひとつの結果に固執していた自分がいたというだけのことです。その結果に固執する考え方を煩悩とか欲望といいます。欲を持ったらいけないかというと、そうではないと思うのです。ある結果に期待したり希望を持つことはごく自然なことです。しかしそのとき、期待した結果が得られない可能性についてあまり考えないのが人間の脳の単純なところです。

「これだけ準備したのだから成功しないわけがない」「ここまでやったのにどうしてうまくいかないのだ」
これって、単にギャンブルの勝率を上げたけどギャンブルに負けたっていうのと本質的な違いは無いと思うんですよね。

思考は自分で作り出すものです。そのつじつま合わせは自分で勝手にやってもいいという便利な世界です。
他人のルールを自分に無理やり押し付ければ、苦しい結果になるのは目に見えています。なぜなら、他人のルールと言っている時点で、自分が取り入れた「自分のルール」になっていないからです。

妥協は必ず将来返ってきます。我慢も妥協の一種でしょう。

自分がどのように思考し、どのように世の中を捉える癖があるのかを知るためには、様々な気付きのためのきっかけが必要で、そのきっかけを得るために人は日々の経験をしています。しかしせっかく経験をしても気付くことができないこともあります。オープンでシンプルな心を持っていること。柔軟であること。これは誰にでも本来ならできることなのです。幼少時代には、今よりうまくできていたはずです。

ポジティブ・マインドセットを自分に押し付けるのではなく、ポジティブであることが強力な支援になるということに気付きさえすれば、人生はもっと楽になるかもしれませんね。

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