Releasing Descent

好き嫌いはアセンディングとグラウンディング。上昇と下降。ここでいう上下は物理的な上下の事ではない。上下は現実世界に存在しない。地球には重力があるからそう思い込んでいるだけのことだ。しかしわたしたちは上昇に明るいイメージを持ち下降に暗いイメージを抱く。それはなぜなのだろうかと疑問を持っていれば自ずと答えは導かれる。

世の中に画一的な視点は必要なく、それぞれ己の原点を持つ。

コロナの一件を見てもわかるように人は人の主観で物事を決めつける悪習から脱していない。個々の至高さすら集団において暴走を許してしまう流れが未だ衰えていない。

過度なグラウンディングは視野を狭める。肝心なのはアセンディングではなくグラウンディングの手法。

毒はひとつの崇高なグラウンディングの手法のひとつである。昨日から今朝までの覚醒においてわたしはアセンディングへの渇望が執着や依存にまで達する過度なものを未だ抱えていると認識した。それらを手放すこととはつまり、存在としての己の原点を心の中で認識していくことに他ならない。

手放したリンゴは下降するが、ヘリウムの詰まった風船は手離せば上昇するのだ。

己による己の見極めこそがこの世界に生きる大きな意味のひとつだ。

たとえば主義者は主義をもつ。主義という殻の中にある核が人それぞれ違う。

わたしはわたしを認識してくれる理想的な鏡を得てますます己を知り、鏡は鏡を知る。