About pain

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痛み。

初めての痛み。とても痛い。

過去の痛みと同種の痛み。痛いと思い込む。最初に経験した痛みの記憶を脳内再生して、痛いと思い込んでいるけれど、初めての痛みとは本質的に違う。

過去に経験したことのある痛みと同種の痛みを感じるとき、実は内面から浮かび上がってる幻に対して逃走本能がはたらく。

つまりわたしは、初めての痛みに対してはとても敏感で傷つきやすく、経験したことのある痛みに対して直接的な感度は低いあるいは皆無であり、痛覚として意識に降りてくるまでもなく小脳あたりで処理され、反応するのではなく記憶をトリガーする。

そう仮定すると納得できる。

生物学上、過去に知っている痛みは同じように捉える必要は必ずしもなく、記憶から思い出させてあげるだけでいい。その方が脳保護の観点からも生存のためにも合理的だ。

様々なことを経験して痛みに強くなると、他人の痛みに共感するためにはいつまでも体験の記憶をフレッシュにしておかねばならない。

遥か過去に経験した、乗り越えた痛みをいままさに経験している人が目の前にいるのなら、論理的に痛みの原因を取り除いてあげようとする前に、いま一度初めての痛みの辛さを共感してあげねばなるまい。

その痛みに恐れ、リアルさにオブラートをかけようとする本能に立ち向かい、今まさに感じること。

そして感じたものを、成長した自分が当事者とともに受け取り、その思いや感じたことや、その先について語り合うこと。

これがなければ、コンピュータのような冷たい判断をする人間だと思われてしまうのだ。

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