共通性

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きっかけは一冊の本だった。加藤文元氏による「宇宙と宇宙をつなぐ数学」は、数学者望月新一氏によるIUT理論(Inter-Universal Teichmüller Theory、宇宙際タイヒミュラー理論)の概要を数学者以外の人に伝える唯一の書籍と言っていいだろう。IUT理論の論文が発表されて3年後の2015年に、この難解な理論の理解を助けるべく開催されたカンファレンスのストーリーはWired(下記リンク)で特集されている。

【ここから私見】

広義の「言語化」というものは個人的に興味をそそられる分野のひとつで、知性の宿した様々なイメージや体系をいかに他意識(他者)に伝達するか、という目的に集約する。狭義の言語化は単純に日本語や英語などの文章にして相手に伝えることに限られるが、解釈を一般化すれば絵画、音楽などのあらゆる芸術に留まらず信仰への理解などのベストプラクティス的な体系習得・模倣も言語という枠を超えたコミュニケーションの道具であることに疑いはない。数学も同様であるが、残念なことに僕自身は数学という表現手法についてそこまで熟達していない。

ところがこの冒頭に紹介した書籍をきっかけに様々な記事や論文そのものにあたってみると、IUT理論が目指しているものの形が自分の中にある何かと共鳴していることがわかる。IUT理論が難解である原因は、過去になされた多くの常識を超えるための試みと共通点がある。地動説→天動説、古典物理学→量子物理学と同様に、IUT理論も過去の常識を打ち破るものだ。IUT理論では「足し算」と「掛け算」の揺るぎない関係性をグラグラにして、分離してしまうのだ。我々の意識が「所属」する「この宇宙」における微分方程式の計算は、ラプラス変換を用いて別の四季に変換した上で微積の代わりに四則演算を行うが、IUTでは元の式をテータ関数(theta function)によって「別宇宙」に送り、四則演算の代わりに群構造関連の操作を行う。

数式を頭で理解することは真の理解ではない。体感的に対象を感じ取れるように、伝達者の脳内にある多次元的イメージを、コミュニケーションの道具を介して受け取る者の脳内にどれだけ精確に再現できるかというところが最初の段階としてある。最初の段階といってもここが現代の人類にとって一番のハードル。処理系αで入念な取り組みの結果構築された理論を別の処理系βに体系を崩すことなく渡したとき、それは処理系βでどのように評価されるのか。全く同じように処理されて同じ解を生むと思ったら大間違いで、これが所謂「個性」という名の人間の意識の多様性に該当する。つまりIUTでもマルチバースでも超ひも理論でも云われている「別の系」というものは、宇宙の果ての遠く見えないところにあって人類が手にすることができない夢想の産物なのではなく、いま目の前に展開されており、いつでも観察可能なものである。本書を通じてIUTを知るにつれ、数学者でも同じものを見ているという確信を得た。

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