袖振り合うも他生の縁

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Quoraでの質問「タクシーの中で起こった印象的なエピソードを教えて頂けますか?」に対する回答です。


質問「タクシーの中で起こった印象的なエピソードを教えて頂けますか?」

アンコール遺跡群を観光するために、友人とカンボジアのシェムリアップを訪れたときのことです。

世界的な観光地であるシェムリアップの空港の車寄せには、営業許可証をつけたタクシーが飛行機の到着時間に合わせてたくさんやってきます。そして同じく営業許可証を胸にぶら下げた案内員が、配車や客の誘導をやっています。

友人と僕はタクシー代を節約したいのと地元の景色を楽しみたいので、タクシーを使わずに歩いてアンコール遺跡群まで行くつもりでした。また、首都プノンペンでひどい詐欺にひっかかる直前で回避してきたばかりだったため、タクシーすら信用できない状態でした。

案内員に話しかけられ、「最後の1台だよ、あれに乗りなさい」と言われました。歩いて行くと話をすると、「地図上では近くに見えるかもしれないが、歩いて行くのは無理だ。チケット販売所が遠い」と説明されました。

ならばタクシーに乗るしかない。その最後の1台に乗車すると、屈託のない笑顔が印象的なドライバーがさっそく交渉してきました。

「(案内員に提示された公定料金よりも高い金額)を払ってくれたら、1日中アンコールワットの案内するよ」

アジアではよくある話です。

「いらないよ。とにかく遺跡まで連れていってくれ」と答えると、彼は引き下がらずに言いました。

「今日アンコールワットでは年に一度の大きなイベントがあるから、ゆっくり見られない。今日はシェムリアップの観光案内をしてあげるから、遺跡は明日の早朝に行こう。それでこの金額だ。どうだい?」と、さらに高い金額を提示してきたのです。

交渉の末、ドライバーが最初に提示してきた金額よりも少し高い金額で決まりました。当然ながら『こいつ、明日来ないかもしれない』と覚悟した上で。

シェムリアップでは様々なものを見せてくれました。安くておいしいレストランも紹介してくれました。

だんだん僕は、このドライバーのことが気になってきまして、雑談を交わします。

「なぜタクシードライバーになったんだい?」

――代々守ってきた農地を売って、中古でこの車を買ったのさ。ローンが残ってるし、ガソリン代も安くないからやめられないんだ。

「なぜ農地を売ったんだ?」

――長い話だ。とにかく今のカンボジアでは、そうするしかなかった。

彼は、もともと所有していた農地まで見せてくれました。そして、母親が数年前に突然行方不明になったことや、ローンでがんじがらめになっている生活についても、詳しく教えてくれました。


翌朝、日が昇る数時間前に、ドライバーは僕たちの泊まっているホテルまで来ました。

アンコール・ワットの日の出を見せてくれるためです。アンコール・ワットの日の出は、死ぬ前に一度見ておくべき絶景です。

それから遺跡群をまわりました。アンコール遺跡群はとんでもなく広く、タクシーがなかったらほとんど見ることができなかったことを知りました。

日没前に僕たちはアンコール遺跡群の観光を終え、ドライバーおすすめのレストランで夕食をとるためにシェムリアップの街を走っていました。

2日間の長い長い会話を通じて僕は、シェムリアップのタクシードライバーの裏事情にちょっと詳しくなっていました。そして口にするのです。

「SNSやってるかい? 友達になろう。君とは何かやれると思うんだ。日本に帰ったら連絡するよ」

彼は喜んでFacebookのアカウントを教えてくれました。彼は本当に正直者でいい奴だったので、僕はこのまま縁が切れることを良しとしなかったのでした。


赤信号で僕たちのタクシーが停車していたときのことです。

ドライバーがガバっと身を起こし、目を丸くして

「そんなまさか!!!」

と叫びました。

いったいどうしたのかと聞くと、

「ちょっと、車を停めさせてくれ」

と言って、路肩にタクシーを寄せるなり、ドアを開けて喧騒の中に走って行ってしまったのです。

僕と友人があっけにとられていると、10分くらい経って彼が帰ってきました。

「お母さんがいたんだ! いま追いかけて、つかまえた! 申し訳ないけど、約束のレストランまで連れて行くから、君たちが食事している間、母を迎えに行って構わないだろうか?」

「も、もちろんだ」

「ありがとう!!」

レストランで僕たちを降ろすと、ドライバーは母親のもとに向かっていきました。

英語のわからない友人は事態を理解していなかったので、食事をしながら説明しました。

友人「まったく、いろんなことが起こる。なんて旅行や」

食事を終え、しばらくゆったりしていると、ドライバーが帰ってきました。

「ありがとう!! 君たちのおかげで母に会うことができた!! 本当にありがとう!!!」と言って、ドライバーは僕たちをきつく抱きしめました。

お母様は記憶喪失になっており、自宅に帰れないまま、なんとか生き延びていたそうです。

わけがわかりませんでしたが、目の前で大興奮しているドライバーを見ていると、詳しい事情を聞く気にはなれませんでした。

まあ、いいじゃないか。なんだかとても奇跡的なことが起きたんだね。僕たち何もしてないけど、よかったよかった。

そのドライバーとその後どういう付き合いをしていくのかは、また別のお話で。

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