地球脱出速度

地球上の物体が重力を脱していくためには、大きなエネルギーが必要です。

地球の重力を振り切るために必要な速度を、地球脱出速度(escape velocity)や第二宇宙速度と呼びます。具体的には、時速4万270キロ(秒速11.186キロ)くらいです。

どのような抽象的な事象においても、安定化というものは概念的に重力と遠心力のバランスでつくりだされる軌道のような性質をもっています。そのバランスから変革をもたらすためには追加エネルギーが必要です。

日常的にある些細なこと、たとえば普段と違う道を歩いてみるとか、靴下を履く左右の順番を変えてみるとか。そういったことでも決断と行動があるように、新しいことにチャレンジするときには常に「脱出速度」のようなエネルギーが必要だと、常々思うのです。

特にそれが大それたことであればあるほど、たとえば周囲の反対とか否定とか無理解とか不協力といった「重力」がはたらきます。最終的には、自分を信じるしかなくなる。
そこで突き詰めて自分を信じることができるかどうかが重要なのですが、ただ無闇に突っ走れば、宇宙空間の深淵にぶっ飛んで消えていくことになります。
自分にとってさほど重要に感じられない外野の声ならば、無視するのも簡単かもしれません。しかし、脱出速度に近づけば近づくほど、重力が厳しく、自分のエネルギーもギリギリという形になることは避け得ません。思わぬところから足をすくわれそうになったり、信頼していた人から猛反対を受けたり、期待していた援助が得られなくなったり、大切な人に理解されずに縁が切れたりするものです。

あなたやわたしは、そんなことが起きるたびに、ギリギリまで悩み、迷い、苦しむ。
しかしギリギリまで突き詰めるからこそ、さらに加速していく覚悟ができます。
そこで諦めたら試合終了です。重力に負けて、地表に落下していくだけです。大気圏で燃え尽きることになります。
何度失敗してもいい。チャレンジを諦めないこと。そして同じやり方ではなく、なぜ失敗したのかを踏まえてまた新しいチャレンジをする。柔軟性と忍耐力が試されます。

素直さも試されます。チャレンジしたいことが個人的なものであれば、それは自分ひとりでどうにかなることかもしれません。しかし人生で「チャレンジ」と感じることはほぼすべて、誰かの支援を必要としています。支援をMatcherやTakerから受けるほど恐ろしいものはありませんので、自分で交友関係を築く必要があります。正直で信頼できる人かどうかを見極めるのは、もしかしたら難しく感じるかもしれません。チャレンジが大きければ大きいほど、自分の素直さと誠実性が試される。そうでなければ本物の支援者にあなた自身の意識が気づかないからです。

ひとたび脱出速度に達すると、それを実感できます。
そこに不安がひとつでもあれば、それを見てみぬふりをしてはいけない。
小さな亀裂が、大きな事故を呼ぶ。宇宙船ならどうしようもありませんが、人生のチャレンジにおいては、きちんと問題に向き合うことで修復可能です。

他人を利用しようとする人は、他人に利用されます。
足の引っ張りあいは、傷のなめあいとも言えますが、脱出速度どころか、速度低下を招く。

最後の最後に、純粋な自分が感じることを信じられるかどうかというところまで突きつけられたときに、自分を信じて脱出速度に達し、成果を得るという体験をした人は、これを成功体験として学習できる。
それを頭でしか理解できなかったり、成果を得た体験を得られていない人は、常にブレーキをかけてしまい、失敗を何度も繰り返す。

打算や憶測や都合のよい解釈だけではどうにもならない世界です。
いっけん成果を得ているようにみえても、それは本物ではない。
理解していない人をどうにか救いたいと思う人は老若男女たくさんいます。
しかし「自分を信じるしかない」ことを知っているからこそ、救いの手を差し伸べることは決してできないのが、理解している人たちです。

「魚を与え、魚の釣り方を教えない人」は、偽善だと思います。
「魚の釣り方を教え、魚の釣り方を考える機会を奪う人」も、偽善ではないでしょうか。

本当にあなたを応援してくれる人、人生のチャレンジで脱出速度に達する力をあなた自身が持つことを願う人ならば、加速の手助けをするのではなく、あなた自身が誰の助けも得ずに脱出速度に達することができるためのアドバイスをします。それは得てして、良薬口に苦しと感じられるものです。弱点を克服するためのアドバイスだからです。

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ここから自分の話。

いまTOWNSHIP LABOのプロジェクト「次世代食堂」で、僕が「食堂のオーナー」になる努力をしていると認識している方が少なからずいらっしゃるのは理解している。
しかしそれは、誤解だ。

飲食の世界はシビアと言われており、実際そのとおり。そこでは多くの先人達が新しいビジネスにチャレンジし続けて、多くが失墜し、少数が成功を収めている(ように見える)。
しかし成功と定義されているものを仔細に観察してみれば、金銭的な成功にとどまっているケースや、アンバランスなモデルを良く見せているだけのものが無数にある。
僕はそれをはるかに越えたところに目標地点を置いている。
次世代食堂のことについてすら詳細に説明しきれてない(実際に作ったものを見ればわかる)が、それはより大きな次のステップのための布石である。

まだ誰もやったことがないもの。
それを成功させ、軌道にのせる。軌道にのせるということは、僕が社長になって富を得るというところではなく、継続可能性を獲得して、僕がいなくても社会に価値を提供し続けることができるビジネスを生み出すということ。
その結果、得られる富というものは副次的な産物でしかない。
ただし、その副次的な産物はどうしても莫大にならざるを得ない。
なぜなら、世界でも初めての試みを成功させたのならば、その成功者を世界が放っておく理由はないから。

いま品川区で探求している第一号のモデルは、来年から世界を見据えて発展させていく。僕が越えようとしているのはスティーブ・ジョブズ(Apple)、ビル・ゲイツ(Microsoft)、カーネル・サンダース(KFC)、ジェフ・ベゾス(Amazon)、マーク・ザッカーバーグ(Facebook)といった面々だ。
つまり、ゼロから価値をつくりだしてきた革命家であり、アントレプレナーたち。
僕は僕なりのオンリーワンを世界にもたらす。

経済的に超えるかどうかなんて全く意に介していない。そんなものを見ていたらこの面々を超えるなんて夢のまた夢だと理解している。
それよりも何よりも、社会に革命的な変化を起こし、新しい道筋を生み出すことに価値がある。僕は生きている限り必ず、そこまで到達するつもりだ。
到達するまでの道筋が見えている。そして今まですべて、予定通り順調。

僕は自分が持つ可能性のすべてを賭けて、この人生をゲームのように楽しみながら、どこまで到達できるかを試すつもりで、そのために一番可能性の高いオプションを選択しているだけだ。僕が危ない橋を渡っているようにもし見えるのだとしたら、残念ですが見ているゴールが違うと言わざるを得ない。

僕にとって究極的な意味でのゴールは存在しない。なぜならば以前にも書いたが、毎日眠りにつくときがゴールだから。人生の終焉だから。翌日目が覚めたら、ボーナスゲーム。それを毎日繰り返している。

万が一生き延びていれば、僕は尊敬する故スティーブ・ジョブズ氏を超える。
そう自分にコミットしながら生きるのは、めちゃめちゃ楽しい。
やることとやらないことが明確にわかる。

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