終戦記念日

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またこの日がやってきた。

わたしの祖父も曽祖父も、大叔父も、立派な軍人だった。

わたしは人生で何度も何度も、戦争について考えた。

しかし体験していないものについて、想像することしかできない。

いったい当時の人たちは何を思って日々を過ごしていたのか。

わたしの先祖たちは、戦争というものをどう受け止めていたのだろうか。

広島を見た。知覧を見た。長崎を見た。靖国を見た。

恐山を見た。太宰府を見た。伊勢を見た。出雲を見た。

わたしたちの先祖は、共通である。世界のすべてが、地球人によって為されてきた。

わたしの現在の生き様は、過去のすべての知る限りの集大成であることを感じる。

人生を懸けるならば、より多くの人が幸福を享受できるものがいいじゃないか。

わたしは長年、父を誤解してきた。

おそらく彼は、身内のほとんどを含む多くの人に誤解されたまま死んでいくのだろうし、彼もそれを受け入れているに違いない。

ただ僕は、おそらくいま生きている身内のなかでは、祖母の次に彼を理解しようとするために労力と時間を割いてきた人間であり、そしてここ数年のわたしの活動が父のかつての活動と重ね合わさることが増えるたびに、僕の中にあった「父を超えられない」というジレンマが「父を超えた」という傲慢さに変化し、それが思いもしなかったことにやがて、「死ぬまでに父を超えられるのだろうか」という疑問にまた変化していったのである。父が語ろうとしてきたことはあまりにも人間の奥深いところを指し示しており、より深い理解を得た僕は父をより深く理解できた喜びのような達成感のようなものを得ると同時に、まだ父が過去に見た世界に達していないところが多々あることも認識してしまったのだ。

僕はずっとこのような内なる対話によって成長をしていくが、内なるイメージを言葉に落とし込むところで父にまったく敵っていない。読書量の違い、導き手の違い。

そこで、はたと思う。僕の特徴は、師をもたなかったところにある。自らの体験のみを師として、行動の結果を得ることに価値を感じてきたからこそ、父とは異なるゴールがそこにあるはずなのだ。ノウハウや理論体系から入る知識に踊らされない確固とした哲学を自らの力で構築してきたのだから、いまさら方針を変えるわけにはいかないのだ。

明日の自分を信じずして何を成せる。

死が終わりを告げるその瞬間まで、人生を遊ぶのだ。全身全霊で。

わたしはわたしの先祖たちの願いを、肌で感じ、課題解決の道を歩んでいる。

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