冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、また さらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るもいとつきづきし。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。
昨年手に入れたデロンギのオイルヒーターは、僕もにゃーちゃんも大のお気に入りだ。火などおこせればもっといいのだが、あいにく我が家には火鉢も囲炉裏もない。火鉢やストーブのように実際に火を眺められるものは、心を落ち着かせる。
昨日、風呂にゆっくり浸かっていたら、突然イメージが実感になって降りてきた。そうだ、そうだったのか。僕はその瞬間手に入れたイメージを魂に焼き付けるように、丁寧に言葉にしていた。風呂の中でひとりつぶやく。
What you believe is what you should be. Because the belief leads your consciousness observe the matters. Never underestimate the unconsciousness.
英語の命令形の形態においてなぜ主語が省略され、動詞が主体となるのか。そして断定となるのか。ここにもヒントがあるじゃないか。
複数の言語で思考を具現化すると、文化の違いが浮き彫りになる。こんな想像の世界に没頭していることが日常の現実的行動の源泉になっている。掘り下げるということは突き詰めれば自身のつながるunconsciousnessと対話することだ。
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