現実との接点

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途方もなく多くのことを知らないぼくたちにとって、すべての現実は見えるもの触れられるものだけでしかない。

すべてのものに多面性があって、見えざるディテールがあるのに、ぼくたちはいつもそれを無視せざるを得ない。

知らないものを知らないままで、知ろうともせずに、物事を決め付けたくない。

それが、ぼくたち人間がもつ、想像力というすばらしい力。

軌道からはずれた鬱蒼とした茨の森のその先に、素晴らしく景色のよい小高い丘があることも知らずに
ぼくたちは一瞬で通り過ぎていく。

足元で芽吹くのをまつ小さな種や土を耕すミミズや迷路を築くクロアリがいることも気づかずに
ブルドーザーは地を掘り返す。

小さかった頃見えていたはずのあれやこれが、みえなくなっている。
想像力を育む

それでもまだいいほうだ、と思う。

いま、テクノロジーによって想像は現実化され、具体的な姿をして押し付けようとしてくる。
そこには想像力の入り込む余地など残されていない。
定規を当てて、コンパスを使って描かれた大人の社会に否応なく従わざるを得ない。
ディテールや多面性の存在すら知らない子供だってたくさんいる。

何かが歪んでいるのに、それに気づかないばかりに、ずっとずっと同じ場所をぐるぐると回っているような感じ。

なにかが終わってる。

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