死後に輪廻転生(りんねてんせい)があるのかないのかについて人は様々な意見を持つが、多くの人が勘違いしているのは、輪廻転生がもしあったとしたら、それはよいことであるという認識だ。確かに輪廻転生によって人生はやり直しができるが、実際には輪廻転生せずに次の段階に行くことが重要であり、再び人間として生まれ変わるということは、前の人生でクリアしていない課題があるということだ。課題を出しているのは誰かというと、他でもない自分自身なのだが、人間として生まれ落ちてきた瞬間にその前の記憶はすべて無くして赤子として生まれる摂理となっているので、「皆、自分で決めた自分の使命を忘れてる」。輪廻転生があったとして、輪廻転生するということは、留年してまた同じ学年を繰り返すようなものなのだ。多くの魂はそれを天文学的な回数繰り返して、ようやく次の段階に昇華していく。
自分はNDE(臨死体験)を通じて答え合わせが済んでいるが、それについて語れば必ず否定する人が出てくる。たとえば「NDEは本当の死ではないのだから出鱈目を言うな」が代表的な否定である。全部話す前に否定されるのだ。大事なのは死んだかどうかではなく、真理を把握したかどうかであるのだが、それも説明するのはたいへん面倒なのだ。否定されたら説明なんてしても無駄なのでしない。また、経験してもいないことを否定している時点でその人は頑固であり聞く耳を持とうとしていないことがわかるので、そういった人々とこのような議論をしようとしても議論にはならないので無駄である。したがって、ご自身の考えがあるならそれを僕は否定しませんし、そのような議論もしませんし、わざわざ否定されて嫌な思いなんてしたくないので、そのような罠みたいな議論もどきには参加しません。このブログに書いていることだって、信じられないなら読まなければいい。この世界は信じた通りに成る。
輪廻について語る前に、「わたし」と「わたし以外」とは一体なんなのか、とか、「原子や素粒子に代表される3次元的な層で循環すること」との混同について解消しておく議論とか、言葉の理解、事(コト)の実相についての理解がない者と語り合うには、相手はあまりにも知らないことが多すぎて、勝手に独自解釈をしてしまう人が多すぎるのです。物事の真理、宇宙の法則、実相について理解を深めたいのであれば、大小あらゆることの矛盾に対して敏感であるべきですが、頑固頭にはそれができない。自分が持っている知識が間違っている可能性に着目し、思想の大転換ができたとき、「パラダイムシフト」が起きます。いま教科書や論文で説明されていることをどう繋ぎ合わせて理解するかは、個々に委ねられています。すべての人にとっての正解は、書籍にもネットにもない。


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