双極性障害は障害ではなく社会の病気

社会適応障害、双極性障害、、、

「社会」とはいったい何でしょうか。

日本社会とは、日本における「オトナの常識」のセットと認識しています。

双極性障害とはそもそも障害でも病気でもなんでもなく、感性と理性の幅が大きい人に貼られるレッテルだとここでは言い切ります。

会社や学校などの管理社会において扱いづらい使い物にならないといった、組織側の都合で人間をみた評価が原因です。

本来人間には自由があり、複数の人間が同じ世界で生きている以上、互いの自由を尊重するという形で、個々の自由の境界線があります。

その「人と人の間にある境界線」が、家庭・学校・職場などの「社会における人間関係」において「社会側の都合」でアンバランスになっていることにお気づきでしょうか?

人間には尊厳や基本的人権があります。生きる自由、好きなことをする自由、好きな主義主張を発言する自由。

今の世の中は、そういった基本的人権をいとも簡単に侵害しています。
「社会のため」「会社のため」などといったイデオロギーのせいです。
イデオロギーの押し付けが発生している事実を、そのイデオロギーを常識化してしまった人には気がつけないでいるのです。

具体的な例をあげてみましょう。

  • 嫌なことをされたり言われた時や、ムカつくことがあっても、グループの雰囲気を乱さないために自分を抑えるのが常識
  • 空気読めない発言をする人はおかしい
  • 遅刻は悪いことだ
  • 嬉しいことがあっても、はしゃぎすぎてはいけない
  • 悲しいことがあっても、人前で泣いてはいけない
  • 楽をしてはいけない
  • 怒ってはいけない

感情の抑制

たとえば怒りをマネジメントするための「アンガーマネジメント」という手法をご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、「アンガーマネジメント」(怒りの管理)ならぬ「アンガーコントロール」(怒りの制御)になってしまっている方が少なくありません。

本来アンガーマネジメントとは、怒りの感情を抑え込む方法ではありません。怒りの感情は、喜びの感情や悲しみの感情と同様に、人間にとって必要不可欠なものです。アンガーマネジメントが有用なのは、自分の中にある怒りの原因と向き合い、その原因をきちんと言語化し、自分自身が「どうしてわたしは怒っているのだろうか」ということに対して真摯に向き合うことです。

ところがそれを他者に強要したり、自分に強要してしまうと「アンガーコントロール」になってしまいます。アンガーコントロールは、怒りの感情の否定です。
「怒っても意味がない」
「怒るなんて子供じみている」
「怒っても問題は解決しない」
確かに上記の言葉はその通りなのですが、
「怒っても意味がないから、深呼吸してニコニコしよう」
「わたしは大人なんだから怒らないようにしよう」
「怒らずに自分の感情を殺して論理的になろう」
という行為はアンガーコントロールです。

同様にして、喜びの感情をオープンにすることをためらう人も多いです。
「妬まれるのではないか」
「能天気だと思われるのではないか」
「全力で喜ぶなんて子供っぽい」
といった、存在していない他者の目線に対する恐怖心が原因になることが多いです。

悲しみの感情表現も同じようにして説明がつきます。
「泣いていても解決しないから感情を殺して論理的になろう」
「泣き虫と思われたくない」
「めそめそしているのは子供っぽい」

自己評価の問題

低すぎる自己評価
「自分は何をやっても駄目な人間だ」
「どうしても勝てない相手がいる」
高すぎる自己評価
「自分は感情に揺さぶられずに結果を出せる人間だ」
「感情的になるなんて無駄だ」

社会ルール

「遅刻をしてはいけない」のが当たり前と思っているあなた。
なぜ遅刻をしてはいけないのでしょうか?
「社会人として、大人としての常識」ですか?

他人に迷惑をかけるからですか?
では、他人に迷惑をかけないならば、遅刻してもいいですよね?

え?よくない?
組織の風紀を乱す?

組織の風紀ってなんですか?
説明してみてください。

誰かが遅刻したら他の人まで遅刻しはじめる?
あなたの組織はそんなに低いモチベーションで維持されているんですか?
だとしたらその組織、生産性も効率もめちゃめちゃ低いでしょうね。

もしかして、金のために働いていません?

たとえば自動車が三度の飯より大好きな人が自動車メーカーで働きたくて働いているとします。
好きなことをするために会社に来てて、同僚が遅刻しまくってたらどう感じると思いますか?
「なんだ、遅刻してもお咎めがないなら遅刻しよう」ですか?それとも、
「遅刻ばっかりしてる奴がいるなあ」ですか?あるいは、
まったく気にしてないですかね?

また、本気で働いてくれている社員が、自分なりのペースで仕事をしたいと思っても、始業時刻と終業時刻が会社のほうで定められていたら、その社員が本来出せるはずのパフォーマンスを出し切れていない可能性すらあります。

遅刻を咎めるということは、かなりのリスクなんです。

同調圧力の無意味さ

日本では、学校文化のせいなのか「同じ考えに統一しようとする」傾向がとても強いと感じます。

クラスの学級会もそう。会社の会議もそう。
そこで多数の意見に沿わない「空気読めない意見」を持ってしまったあなた。
「言ってもしょうがない」「ここで言うべきではない」と、グッと意見を飲み込んでしまった経験はありませんか?

それってとっても残念なことです。
貴重な意見が人知れず握りつぶされた瞬間です。

同じ意見の人がたくさんいても、意味がない。

とくにこれからの時代は、繰り返し作業はコンピュータやロボットが担当してくれるようになります。人間の働き方で重要なのは「人と違う意見を出す」というところに寄っていきます。会議では、様々な視点で、それぞれが自分の持ち合わせていない意見を出し合っていくことが価値です。

民主主義=多数決、という思い込み

民主主義とは文字通り、民に主権があるという考え方のことです。多数決のことではありません。
独裁主義というのは、政治権力を1人または少数の人間に集中し、組織や国家を支配体制に置く政治思想です。
対して民主主義は、少数に権力を持たせず、大衆による権力があり、大衆の意見をどのように通すかについては、さまざまな方法があるというだけです。
投票もひとつの方法でしかありません。投票によって国民の意見を代弁する議員を選出する方式においては、投票しないということがどれほど重大な「非民主的行為」に値するのか、おわかりいただけるかと思います。
また、立候補する側がマニフェストを破るというのは、候補者に投票した人たちの考え方を裏切るという反逆行為に値します。投票者は立候補者の直接の知人ではないため、人格やイデオロギーを知りません。ですのでマニフェストを見て「この人の政治思想が自分の考えに最も近いから投票しよう」と決めて投票するわけですから、マニフェストはとても重要なのです。

会社はどうでしょうか。民主主義ではない会社が多いのではないでしょうか。
たとえば部長に昇進するとき、それを評価するのは部下でしょうか?
部下全員による投票で部長が決まるのでしたら、それは民主主義的と言えますが、上層部が決める会社がほとんどですよね。
上の人間が下の管理者をアサインする方式は、独裁主義的に思えませんか?

こうした矛盾を是正するために、労働組合というパワーが存在するのですが、労働組合がまともに機能している組織って一体どれほどあるのでしょう。

ここまで長く書かせていただいたのは、現代組織にはさまざまな矛盾があり、どのような有名企業であろうと、その組織体制は旧態依然としており、構成員の自由とは遠くかけ離れたものが多いという事実をきちんと受け止めて組織に所属しましょう、ということを伝えたかったからです。

こうした矛盾のため、組織が病気になりやすいです。もちろん、革新し続けている組織もたくさんありますが、まだまだ少数派ですし、日本国内においては他の先進国と比べてもかなり遅れている現状が見受けられます。それは様々な結果に現れており、たとえば日本の生産性は、主要先進7ヶ国(G7)で、48年連続最下位

生産性が高ければよいという単純な話ではないのですが、これもひとつの結果です。

そんな生産性の低い国の組織で何が起きているのかというと、
あなたという貴重な組織メンバーであり、ひとりの人間の意見が
自由にまかり通らないということです。他にもありますが。

そういった事実を無条件で受け入れてしまって、
「みんな同じなんだからお前も我慢しろ」というのは、とてもわかりやすい同調圧力ですし、人は病みます。

とくに発想が自由で純粋な人ほど病みます。

さらに、突拍子もないように見えるアイディアを出せる、外観と内観の周波数が高い双極性の人(あえて「障害」を抜きました)は、そうなりやすい。

エネルギーの高い状態の人(躁状態の人)が不自由に苦しむ社会。
次のリストは、躁状態のチェックリストと、それに対する本サイトでの注釈です。

  • 睡眠時間が2時間以上少なくても平気になる → 抑圧からの過解放
  • 寝なくても元気で活動を続けられる → ようやく楽しいことができる光明による喜び、あるいは低迷期の反動、または好きなことをしている
  • 人の意見に耳を貸さない → 押し付けを拒否している
  • 話し続ける → なんとか自分の伝えたいことを理解してもらおうとしている
  • 次々にアイデアが出てくるがそれらを組み立てて最後までやり遂げることができない → 社会的無理解のために試行がうまくいかない焦り
  • 根拠のない自信に満ちあふれる → そもそも自信には根拠は必要ない
  • 買い物やギャンブルに莫大な金額をつぎ込む → 抑圧の反動
  • 初対面の人にやたらと声をかける → 日本社会の「常識」を超えたオープンな性格
  • 性的に奔放になる → 抑圧の反動

Hiro Hayashi

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