Next Step on August, 2019

明日より8月に入りますが、現在いただいている仕事の担当量を更に増やしていただけることになりまして、さらに別の受注予定案件についても具体的な仕事が発生してきそうです。

そろそろ本格的にエンジン稼働といったところです。やはり、日常の仕事にかまけて未来への一歩が踏み出せなくなることは避けたいですから、自分のための時間をきちんと確保していくことが大きなチャレンジかもしれません。

前述した2つの仕事は、企業様から受注している仕事ですから、自分のスキルを使ってハッピーになれる人のお手伝いをしているイメージです。これらの仕事は「何をしてほしいか」「何を提供してほしいか」が企業側である程度明確になっていますので、それをご満足いただけるように提供していくことが最大の使命であり、さらにプラスアルファで仕事の結果を出したり、それによって信頼を得てさらに仕事の質を上げるための提案をさせていただくことが重要となります。新しいシステムの提案も含め、そこは柔軟にやらせていただいてます。

一方で、個人としてこの世の中に実現したいことを自由に表現する場も必要です。それは具体的に何を作ることなのか、まだいまいちハッキリとはしていませんが、キーワードはいくつも現れており、だんだんとその輪郭が顕になってきています。もしかしたら、1つのことに集約されるのではないかもしれません。複数のことをやるとしたら、なにを優先的にどのように進めていくのか、無理のない計画が必要です。

キーワード1群:絵、音楽、小さい物、衣類、子供、女性

キーワード2群:アートとITの融合、人工知能、Raspberry Pi、新しいOS、機械学習、認識と認知の研究、市井への普及、ITを感じさせないもの

イメージからキーワードを絞り出しましたが、実際これらはすべてイメージとして頭の中に銀河の星々のように渦巻いておりまして、これが一体どのような形で結実していくのかは、まるで映画を見ているかのような面白さがあります。これを絶やしてしまうのは簡単なことですが、誰よりも自分自身が、どこに向かっているのか、その到達点がどこなのかを見極めてから死にたい。

すべての事象は必然です。過去に繋いできた様々なことのうち、多くのことが現在保留中ですが、そうした事柄もどこかで、いまの自分が予想だにしなかった形で繋がってくるという予期はあります。その予想だにできないところが肝心な、面白いところです。

ひとつ言えることは、前者のグループ(会社様からご依頼いただいている仕事)は、既に公私ともに明確となっている僕のスキルや経験を買われている仕事です。ですから、求められているゴールもある程度の想定外はあれど、だいたい決まっています。

そこに一振りのスパイスを加えて、期待以上のものを提供するのは楽しいです。そのスパイスは、納期だとか機能だとかそういう類のものではなくて、基本的に提供のあり方や内容から推察できる、「こころ」の部分なんですね。相手が困っていることの解決策を、相手の想定以上の理解をもってさりげなく提供したとき、お客様はたいへん喜んでいただけます。「想定以上」というのは「想定外」ですから、それを思いつくためには、お客様が僕に発注するに至るさまざまな経緯を踏み込んで理解したり、お客様の企業や個人やチームが現在直面している課題を自分なりに咀嚼したりする必要があります。こうしたことを通じて背景を把握して、さらにお客様と直接対話することで、深い本音を聞き出すことができれば、自分はいったいどのような仕事を納めたらよいか、自然に導き出されます。それを提供したいという思いこそが、数々のいわゆる「大企業」や「優良企業」と呼ばれる環境を辞めてまで、自分で世界を作りたかった大きな理由のひとつです。個人事業あるいは自分の会社でやるならば、誰にも妨害されませんし、やり方に文句も言われませんから。結果ありきです。

多くの企業で働いてきて「結果」というものを「期待している最高の結果」の定義から減点方式で行われてきたことに幻滅していました。世の中には期待を超える仕事というものがありますし、事あるごとに、さまざまな企業でそのような「期待を超える結果」を残してきたという自信はあります。ところが企業の多くは、仕事の評価基準に柔軟性がありませんから、いくら心情的に「素晴らしい仕事だ」と思っていただけても、事前に用意されたチェックシートに照らし合わせてみたら「最初の計画には無かったもの」は評価されないばかりか、時によっては「コストの無駄遣い」と評され、意図的にみなさんの理解を得て省かれたものは「計画にあったが実現できなかった」と評され、結果的に低評価になります。僕はそういった「チェックシート評価」というものを意に介さないという点で、普通とは少し変わっているという自覚はあります。本物の評価は、人の心の中にありますから。

ITにしろ何にしろ、仕事というものは誰かを幸せにするためにあると思っています。それを自分なりのやり方で追求していくには、自分のための舞台が必要だということは長い間感じていました。

やがて発想は自然に逆転しました。ITで人を幸せにする方法を探しても限界があるからです。自分はなぜITにこだわっているのか、疑問に思ったのです。自分はただITに関して知識や経験が豊富というだけの話で、世の中にある解決してほしい課題の多くは、問題が解決してくれればそれがITだろうと何だろうと構わないわけです。当然の話ですが、プロフェッショナルのジレンマってこういうところにあるのだと思いました。皆がなにかのプロを目指して切磋琢磨して、ある程度の技術や経験をつけたら、今度は自分がその世界のモノサシで物事を見るようになってしまう。

本物のプロであることを追求していくためには、自分の得意分野を捨てる必要があると強く感じた瞬間でした。

何かをつくるということは、誰かを幸せにすることにつながって初めて、意味をなすという僕の考え方。そこへ至るさまざまなチャレンジを助ける道具のひとつとして、自分の得意なこと、たとえばITがある。僕は英語も使えますから、それも武器のひとつ。それ以外にも、いままで「無駄」と言われ続けてきた経験や知識がすべて、武器として利用可能な状態となって自分の前に並んでいることを、最近になって理解しました。

ITという世界でIT企業の中で働く上で、たとえば「絵が描ける」なんてスキルはあまり効果的に役に立たない。プレゼン資料を作ったりホワイトボードで説明するときに、ちょっとだけ構成力の助けになるくらいでしょうか。しかし、いったん自分の世界を作ることにすれば、あらゆることが役に立つのです。

世の中で、ヒットしているものや、流行しているもの、万人が喜ぶと既にわかっているもので何かをしようとするならば、そのために必要なものは決まってきてしまいます。

ところが自分が先駆者になるならば、自分の得意なことを組み合わせていけばいい。自分だけの世界を作れることになります。

ぼちぼち本格的に動こうとしているのはこの部分です。企業様からいただいたお仕事も、必要としているからいただいているわけで、とても大切です。しかしそれだけで毎日が終わってしまうことを僕は望んでいないですから、プラスアルファとして、自分だけの創作活動をしていこうと思います。創作するものは、目に見える何かなのか、製品なのか、アートなのか、組織なのか、考え方なのか、よくわかりませんが、目に見える具体的なものを提示するということは絶大な効果がありますから、何か作るのでしょう。

Hiro Hayashi

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