喫茶店の風景

僕はいま、とあるチェーン展開している喫茶店に座って、コーヒーを飲んでいる。このチェーンに来たのは数年ぶりだ。というのも、ここのコーヒーは常に僕をがっかりさせ続けてきたからだ。あれからだいぶ時間も経過したことだから、企業努力の成果でも拝見してみようという好奇心で再訪したのだが、相変わらずここのコーヒーはひどい味だった。

チェーン店でも安くて美味しいコーヒーを出す店はたくさんある。しかし残念ながらここはだめだ。不味いコーヒーを出し続けているチェーン喫茶店をもうひとつ知っているが、そこも相変わらずだめだ。なのに双方とも客足が絶えないのは何故か。長年の謎なのだが、客層を観察していると、コーヒーの味はどうでもいいのかもしれない。

二階席に上がると席はほぼ一杯で、中央にある相席用の大きなテーブルにひとつ空席を見つけて滑り込んだ。

左手には13インチMacBook Proでどこかの企業のWebサイトのHTMLを編集している若者。髪型が僕にそっくりだ。

右手には15インチMacBook ProにごっついゼンハイザーのアラウンドイヤーヘッドホンをつないでLogic Pro Xで音楽制作をしている若者。

僕が席に着くと、左右の若者ともに僕のスペースにはみ出した荷物をすっと引っ込めて、また自分の世界に戻っていった。

僕は椅子の背もたれにもたれかかって、2人の若者を斜め後ろから観察しながら、この文章を書いている。

左斜め前に座ってるアッシュカラーのショートカットの女の子は、分厚い参考書と、ぎっしりと細かい文字が書き込まれている付箋紙だらけのノートを広げて、何かの勉強に集中している。

右斜め前の青年は、目の前においてある黒のSurface Laptopを放置して、あだち充のタッチの文庫版を読んでいる。

ついさっきまで僕がいたブックオフで買ってきたのかもしれない。

ブックオフに行ったのも久しぶりだ。まだ結婚していた頃は毎週のようにブックオフで本や漫画を漁っていた。当時住んでいたマンションには図書室のような本だらけの部屋があって、約1万冊の蔵書を自家製のソフトウェアで管理していたが、離婚後の2度の引越しで少しずつ蔵書を減らして、いまは1000冊もないかもしれない。本を厳選して処分するのはキツかった。今でもふと、読みたくなった本が手元になくてがっかりすることがある。

久しぶりに紙の本を買った。伊坂幸太郎『終末のフール』、白石一文『彼が通る不思議なコースを私も』、スタニスワフ・レム『ソラリス』。

喫茶店にやってきたのは、この本を読むためもある。

周囲を見渡すと、客の大半がパソコンを開いて何かしている。

左の若者がSlackに何かを書き込んでいる。

右の若者が使っているテキストエディタは見たことがない。階層管理できるエディタのようだが、アプリケーションの名前が小さくて読めない。気になる。

どうやらこの喫茶店にはフリーWiFiがあるようだ。電源タップも完備している。

左の若者がドリンクを席を立ち、新しい飲み物を確保してきたようだ。

電話で小声で打ち合わせをしながらPCの画面に向かっている客もいる。

なんともまあ、ノマドスペースというか、シェアオフィスのような雰囲気の場所だ。

左の若者がラップトップを閉じた。画面の背面にたくさんステッカーを貼っているが、僕のMacBookのようにお遊びではなくて仕事に関連しているロゴだらけのようだ。Coincheckのロゴもある。仮想通貨に関連した仕事をしているのか、あるいは個人的にCoincheckのアカウントを開設して仮想通貨を持っているのか。

見たことのないロゴがある。同じものが何枚も貼ってあるので検索してみると、ここからそう遠くない場所にある会社がヒットした。サイトを見てみると、よくあるWebマーケティングの会社のようだ。エネルギーあふれる若者らしいデザインに、流行りのレスポンシブデザイン。並ぶ言葉はちょっとだけ攻撃的。目新しいものがないか探してみるが、主力商品はリード獲得のためのマーケティング用アプリのようだ。採用ページには、Web開発エンジニアと人事部門の募集。「急成長中のスタートアップ」という言葉があちこちに散りばめられ、何も知らない若者が目の色を変えるような誘導を意図したメッセージや社員インタビュー記事が並ぶ。技術要件はRuby, Python, JavaScript, そしてGCP。何も目新しいことがないオーソドックスなサーバーサイド主体のWebデザイン。

ノマドワーク、スタートアップ、プロフェッショナリズム、クリエイティブ。洗練されたデザインのオフィス。自由な服装。働き方のバリエーション。

上記のような内容で埋め尽くされた企業が後を絶たないが、これから社会人になっていく若者たちは本当にこうしたことに魅力を感じたり未来を夢みたりすることができるのだろうか。モノづくりの楽しさを感じられるのだろうか。

このようなちょっとした見聞が、これからの自分がやりたいこと・やりたくないことを明確に分けていく。

仕事を楽しんでいる人は、表情から多少はわかることがある。

今の自分はどうだろうか。

楽しくない理由がひとつある。明日はそこに向き合うタイミングなのだ。

次回はそれについてまとめてみる。

買ってきた本を開かないまま、コーヒーがなくなってしまった。

ここで読むのはやめよう。

最後に、『ソラリス』について。

Solarisと言うと、その名を知らぬITエンジニアはいなかった、Sun MicrosystemsのOSを想起する。かつてこのOSがリリースされる前はBSDベースで開発されたSun OSを、AT&Tとともに開発したSystem V(正確にはSVR4)をベースにした新しい商用UNIXに置き換えた。それがSolarisである。

Sun OSがなぜSolarisに置き換わったのかについて知るには、当時のOS事情を知る必要がある。UNIXの権利をめぐって、後にUNIX戦争と呼ばれるベンダー間の熾烈な競争があった。興味のある方は下記のURLを。

UNIX戦争

話が逸脱したが、この小説SolarisはSun(現Oracle)のOSとは関係がない。

ソラリスの陽のもとに

惑星ソラリス

ソラリス(映画)

Hiro Hayashi

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