循環と調和

不調和の原因は俯瞰しないと見えてこない。真のソリューションを提示するためには公正な視点で綿密に周辺状況も調査する必要がある。

そのためにかかるコストを相手に負わせようとすればそれは問題の皺寄せを自分が背負うことを宣言することになる。コストの裏側には人の思いが乗っている。思いというものはすべて愛情が根源にあるが、怨念や怒りという負のエネルギーとして表現される場合、それを浄化するためにコストのうまい逃し方をもっていると上手に問題を調和状態に解決し、美しい循環を取り戻すことができる。

お金を受け取ることで負の連鎖を断ち切る方法もある。ここではこれを「縁切りの料金」と呼ぶことにしよう。また、お金を受け取らないことで負の連鎖を断ち切る方法もある。こちらは「縁結びの無償」とする。このいずれもが愛情表現であることを理解している必要がある。決して、無関心でいるためにお金のやり取りを発生させてはならない。

縁切りの料金は、依存体質の相手に対して有効な突き放しの手法のひとつ。縁を切る相手は、料金を払う相手ではないということに注意。負の感情と縁を切るために受け取るお金である。ここで肝要なのは、負の感情は人間に生じているのではなく、関係性についた名前であるという点だ。AさんがBさんに何かをしてもらってお金を払うとき、AさんとBさんの関係性に負の感情の入る余地をなくすために行うものである。

自分が誰かに何かをするとき、その目的は何であるのか、相手とどのような関係性を望んでいるのか、相手は自分とどのような関係性になることを理想としているのかをきちんと把握しておくことで、お金を発生させるべきかそうでないかについては自ずと答えが出る。自分が真剣に向き合っていることについて料金を請求することは己の純粋さへの冒涜である。それでもなお入ってこようとするお金を無理に排除しようとするのもまた、相手の思い入れに対する冒涜である。

お金はただの数字であると同時に、血と汗と涙の結晶でもある。いま目の前にあるお金がどのような「意味」をもって相手方の手に渡ったものであるのか、そしてどのような「意図」をもって自分の手に渡されようとしているのか、その見極めこそが、あなたの人間性の表現になる。

お金は調和と循環のために活用できる数多くの道具のひとつである。これを収集目的で行動すると、お金に潰される。ところがうまく活用すれば、便利でもある。お金は使う目的があるからこそ必要になる。需要が先になければ意味を成さない。需要なきお金への執着は、依存であり、お金への依存は恐怖を産む。恐怖にとりつかれたら恨みを生じやすい。

感謝という言葉を簡単に発する人が多いが、感謝という言葉は「謝を感じる」ということであり、内面的な心情の表現であり、「ありがとう」とは異質であることを知っておくとよい。また「ありがとう」は「有り難う」であり、滅多に有り難いことであるという表現でしかない。謝意は感じるものであり、それを言葉にしたところで本来伝わるものはなにもないのだ。双方向に通じ合う関係性とは、謝意を基にした行動そのものと、その行動から感じ取る相互理解にある。

この相互理解を循環させることと、循環を阻害するものを整理していくことを、調和させるという。