再会

Kaoruさんと連絡をとりあって、6ヶ月ぶりに再会。会うたびに輝いていく彼女の生き様をみると勇気をわけてもらえる。

死について語ることは生について語ること。こんなテーマについて深く共感しながら話ができる相手はそうそう見つからない。

僕とKaoruさんの出会いは循環器内科の入院病棟。N15と呼ばれるそこは、入院病棟の15階にあった。僕は車椅子で点滴と心電図モニターをぶら下げてそのフロアのエレベーターホールの横にあるラウンジまで移動できるようになっていた。ラウンジの大きな窓からは都心の景色が一望できて、彼女は僕と同じ入院患者の緑色の寝巻を着て、膝を抱えて椅子に座り、その景色を眺めていた。物憂げなその横顔を見て僕は話しかけたい衝動に駆られたが、そのときは声もかけずにただその横を通り過ぎていった。

数日後、洗面所で顔を洗っていたら彼女が歯磨きにやってきた。なんとなく目があって、こんにちはと挨拶をしたら、満面の笑顔で元気な挨拶が返ってきた。それがとても爽やかで好感が持てたので、僕はつい話を続けた。

「こないだラウンジで一人で座ってましたよね。声かけてみようかなって思ったんですけど遠慮しちゃいました」

「あら、そうなんですか? 声かけてくれればよかったのに。最近よく車椅子で一周してますよね。リハビリですか?」

「リハビリのつもりはないんですけど、ようやく車椅子を許可してもらえたから、気分転換で。まだ他のフロアは許可されていないんです」

「そうなんだ〜。看護師さんにお願いしたら連れていってくれると思いますよ。2階には売店もあるし」

「なんか移動するたびに看護師さんやヘルパーさんにお願いするのも申し訳なくて」

そんな他愛もない会話からはじまった。

病棟内は携帯電話禁止だったけれど、通話や音の出ることをしなければ注意されることもなく、それからまた数日後、LINEの交換をした。

入院中はほとんどの時間がひとりだ。それでも昼間は賑やかで、薬の時間とか検温とか食事とか色々やることがあるのだけれど、夜は暗くて静かで孤独だ。僕はKaoruさんと夜な夜なLINEで会話をした。いろんなことについて話をした。退院できたら何がしたいとか、それぞれの病気の詳しい話とか、今までやってきたこととか、担当医や看護師の話とか。

Kaoruさんは僕よりも前から入院していて、ほとんどの医師、看護師、ヘルパーさんと友達みたいになっていた。人と仲良くなるのがとても得意な人で、みんなの心を掴むのがとても上手で、心の広い人だなと思った。

彼女は特発性拡張型心筋症という難病を患っていて、ICDという、心室頻拍や心室細動を自動的に感知して電気ショックを与えることで心臓の動きを正常に戻す装置を埋め込む手術を控えていた。手術に耐えられる状態まで持っていくのに時間がかかっていた。僕の入院中に手術は成功したけれど、術後の彼女は衰弱していて顔色も悪く、食欲も減退していて心配したのを覚えている。

1ヶ月後、僕は退院し、彼女はまだN15にいた。まもなく彼女のお見舞いに行った。顔色は以前よりだいぶ良くなっていた。退院したら食事にでも行こうって話をした。

それからしばらくしてKaoruさんは退院することができた。僕にとってはかけがえのない友人のひとりになった。

Kaoruさんはコロナの影響もあってほとんど在宅ワークをしていながら、健康管理士1級の資格を目指していろいろ学んでいた。「健康について体感的にわかっていることでも、その根拠を説明できなかったら役にたたないじゃない?」という彼女の目は輝いていて、かっこいい。

僕の心臓は1/3〜1/2程度壊死してしまっているけれど体調は安定してきている。Kaoruさんの心不全は、心臓がどんどん弱っていくだけで、良くなることはないそうだ。でも明るい話もあって、iPS細胞を応用した心筋細胞シートの臨床試験が進んでおり、早ければ2年後くらいには実用化できるかもしれないらしい。彼女の心臓が何年持つのかについては医師でもわからないことで、1年かもしれないし10年かもしれない。次回入院することになったら心臓移植希望者登録することになるらしいし、ドナーが見つからなければ見つかるまで人工心臓になる可能性もある。

「心筋細胞シートが実用化したら、わたしだけじゃなくてHiroさんの心臓も、回復できるんだよ」

彼女のキラキラした瞳と溌剌とした話しぶりをみて、なんだか安心感が湧いてきた。そしてなにより、会話では伝わらない温かいなにかが、場を包んでいた。なんともいえないこの感覚は、いたわりのような、幸せのような、不思議なものだ。なんだかKaoruさんが僕の姉のように見えてくることがある。こんな姉がいたら頼もしいなあなんて考えちゃったりして。僕にとって、他の誰にも示してもらえない大事なものを示してくれる道標みたいな人だと思った。

いまを生きていることをリアルに感じることができている人と時間を共にすると、幸せが胸からこみ上げてくる。

毎朝起きると、心臓が動いていて、現実世界で目を覚ましたということをしっかり確認することが当たり前の習慣になってしまっていることに思い至った。そのあとじわりと湧いてくる幸せの感覚。これこそが、生きているというそれだけで特別なことなんだ、素晴らしい体験なんだということを僕に知らせてくれる。

Kaoruさんが言った。心臓のことを忘れる日は1日もないと。僕もそうだ。でも世の中には退院するとそのことを忘れてしまって、入院を繰り返して心臓を悪化させていき、予定よりも早く死んでしまう人たちがいる。生きていることを感じるって、とっても嬉しいことだ。

人は必ずいつか死ぬ。例外はない。だからこそ僕たち人間は、輝くことができる。悲しいこともあるからこそ、嬉しいこともある。そのグラデーションの美しさを感じることこそが、幸せの鍵なんだ。死すその日まで、やりたいことをたくさんやって、幸せをたくさん感じて生きていく。

「心臓がこういうことになってね、悪いことばかりじゃないと思うのよ。いいこともたくさんあったなって」

「わかる。僕はこの経験で失ったものよりも得たもののほうが大きくて、後悔どころか経験できてよかったって思ってる」

「そうだよね」