qube cafe 2021 → 2022

この記事は約6分で読めます。

コンピュータ(パソコンもスマホもサーバも全て含む:ノイマン型コンピュータ)は、単なる汎用的な道具に過ぎない。

ハサミは薄いものを切ったり何かをこじ開けたり何かを刺したりできる。

コンピュータは論理回路(ハードまたはソフト)を組み替えることによって様々な使い方ができることを目的として作られた、レゴのような道具。レゴで実用の道具を作る人もいるけれど、それは使い勝手に制約が出たりするから、実際には3Dプリンタの方が人気だ。

ハサミだって上に書いたような使い方だけでなく、わたしの想像を超えた使い方をする人がいてもおかしくない。

道具をどのように活用するのか。それは、使い手の知恵に委ねられている。

世の中、さまざまな道具にあふれている。ITが世の中で持て囃されているようだが、実はコンピュータだけで解決できるものは限られている。

ITそのものをより発達させるために仕事をしている人もいる。
わたしがこの世の中で担当しているのはそちらではない。わたしにとってITは数ある道具のひとつでしかない。

より性能の良いハサミを作る仕事。
ハサミを使って価値を与える仕事。わたしの妹夫婦は床屋を経営しているが、まさにそれ。

では、ハサミに詳しくなれば床屋になれるか?
答えは明白で、NOである。

では、ハサミを自在に操れるようになれば床屋になれるか?
この答えもNOだ。

審美眼、トータルコーディネート、パーマ液やカラーなどの薬剤知識、シャンプー、髭剃り、ドライヤー、洗濯機、タオル、ロッド、レジ、カルテ、鏡、櫛やブラシ、その他さまざまな道具の知識と経験、衛生の知識、接客のスキル、店舗運営の知識や経験、顧客の好みなどを把握する能力などが全て成立して初めてうまく回る。

ITも全く同じだ。

プログラミングができるだけでは一人前にはなれない。

一人前になるためにパソコンやスマホを使ってるわけではない人もいるだろう。

しかし世の中は、ある程度ITを知っていないと不便なことが増えてきている。それはなぜかというと、より多くの人が(大多数が)使っているから。

田舎で公共交通機関が減っているのはなぜか考えてみよう。
・自家用車
・輸送サービスや送迎サービスなどが発達し、移動しなくても用が足りることが増えた

つまり田舎では、自分で移動手段を持つ必要性がまだまだある。

都会ではどうだろうか?
公共交通手段の利便性向上は止まることを知らない。列車の相互乗り入れ、新駅の建設、ダイヤの改善、レンタルバイク、レンタル自転車、カーシェア、レンタルキックボードなど、新しい移動手段の提供。
個人用の移動手段や輸送手段を所有することに意味をなさなくなってきている。
そのうち運転手のいない自動運転タクシーが走り出すだろう。
自動運転の車を所有する意味はあるのか?

このような進化の過程に深く関わっている要素の一つがITだ。
ITは必須になっているが、このような新しいものを作るために必要な道具のひとつでしかない。

ものづくりをしていく者にとって、作るものはますます複雑化し、それに伴い分業化も進む。
細かい専門分野がたくさん生まれる。それを繋ぐためのビジョンを示す仕事も増える。

単純作業は人の手を離れる。

今まで専門知識がないとできなかったことが、より簡単にできるようになっていく。
それを支える専門家は、より深く広く知識を持つことが要求される。

ITを使う側の人は、より簡単に使えるようになっていく。
20年前に、ウチの母がLINEを使ってコミュニケーションしたり、Netflixを使って映画やドラマを鑑賞する時代なんて夢のまた夢だったのだ。
それらは未来、より簡単に、より当たり前になる。

電話やテレビや冷蔵庫を使うくらい簡単になっていく。

そんな時代になぜ、未来を担う若者すべてにプログラミングを教える必要があるというのか?

僕は必要ないと思っている。

キューブカフェには2通りの目的がある。

ひとつは、まだまだ十分に使いやすくなっていないITの受益のために使い方を知りたい人のための場所。

もうひとつは、これからの時代を作っていく志のある若手を育てるための場所。

使う側を助け、作る側を育てる。

キューブカフェは、そのどちらも提供していることを、今年の2月から始めて10ヶ月の間に、荒川の小さな場所で関わっている方々に感じてもらえたのではないかと思う。

プログラミング教育を推進しているのは民間だけではない。旗を振っているのは行政だ。GIGAスクール構想がその筆頭だ。

ITのリテラシーが必要だとかセキュリティリスクを回避できる力とか、それはあればあったに越したことはない。

けれども考えてみてほしい。

自家用車のブレーキのメンテナンスを自分でやっている人がどれだけいるか。車検制度のある日本でそれは皆無に近い。
プロに任せるのが主流だ。

自分でなんでもできるようになることは素晴らしい生き方だと思う。しかしそれは一部の、「作る側になる意志を固めた者」だけのものである。

論理的思考能力を高めるためにプログラミングが役立つと信じている人が多いが、それも違うと思う。わたしは小学2年生の頃からプログラミングを楽しんできたが、プログラミングは己の論理性や創造力の成果をぶつけるアウトプットの場ではあれど、それを育てるためのインプットの場ではあり得なかった。
それでは人間はどのようなことを通じて論理性や想像力を培うのか。
それは、自然や社会などの外部と関わり合うことでしょう。
己の外側にある者に触れ、好奇心を持ち、掘り下げていくこと。同時に、己の内面を掘り下げ、新たな視点を得ていくこと。

プログラミングにそのような壮大な人格形成を期待されても困る。プログラミング言語は、人が作り出したただの道具なのだから。習得なんて興味があればあっという間に可能だ。
実際、何も知識がない小学生がたったの1時間でC言語のプログラムをコンパイルしてロボットの腕を制御できるようになる。そういう教室をやっている知り合いがいる。

人の可能性を舐めてもらっては困るのだ。

英語だってきちんと環境さえ与えられれば、半年で仕事に使えるレベルまで成長できる。

ITを知らない連中が、他人の金や国の金を得るためにくだらない「教育」という名の偽物を提供している。
本当に現場を知る者にとっては、鼻で笑ってしまうような状況なのだ。

「プログラミングスクールを卒業してPythonをマスターしたら、いくら稼げますか?」
こんな質問が山のように出てくるのだ。
答えは、「それだけでは1円にもなりません」だ。
優しく言い換えてやれば、「Pythonの初歩が分かっただけでは、人を幸せにすることはできません」だ。

稼ぐとは何か?
技術という道具を応用して応用技術をこの世界に提供するためには、何が必要なのか?
本質的に人のためになることは何なのか?

その辺を他人任せにしている限り、次はない。

己の中から溢れ出るイメージを形にする。
この世に生み出す。
それはアートそのものだ。
プログラミングだけでは、足りないのです。

経営とは何か。
金を作るためのノウハウではないのです。

わたしはこれからも、それを伝えることをやめない。

キューブカフェは、

  1. 道具を使いたい人が使えるようになるための場所である。
  2. 道具を作りたい人がそのために必要なことすべてを、実践を通じて学び合う場である。

そして来年以降は、ITだけでなくさまざまな「ものづくり」の人々が関わり合う場になるのです。

第一次産業から、全てです。

そのためにわたしは、キューブカフェが発展可能で持続可能な形で、手始めに、荒川に作り始めたのです。このムーブメントは、荒川の発展にも寄与するし、他の地域にも当然、寄与できるポテンシャルを秘めています。

そしてやがては、これが未来の日本や世界の屋台骨と言われるような新しい社会作りに寄与できると信じています。

現代資本経済は終わったのではなく、より適した形に変化してきているのです。それは過去に語られたり試されたりしてきたどのような主義や様式とも異なるため、理解するためには新しいものを見る子どものような素直な視点を持つ必要があるだけ。

よく目を開いて世界を見れば、流れが見えます。

コメント