Cast is not fair

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ネットワーク技術者なら誰でも知っている言葉に「ブロードキャスト」「マルチキャスト」「ユニキャスト」という言葉がある。これらの言葉の「キャスト(cast)」って語源知ってますか?

cast(v.)

1200年頃、「投げる、激しく投げる、放り投げる、投げ捨てる」は、古ノルド語のkasta「投げる」(スウェーデン語のkasta、デンマーク語のkaste、ノースフリジア語のkastinに類似)に似たスカンジナビア起源の語で、起源は不確かです。

「型に形成する」という意味は15世紀後期です。「投げる」という意味では、古英語のweorpan(warp (v.)を参照)に代わり、主にthrowに取って代わられましたが、castはまだ釣り糸(17世紀)や視線(13世紀)に使われています。

1300年頃から「放出する、発する」として;また「地面に投げつける」として;さらに「脱ぎ捨てる、放棄する」として;また「計算する、計算によって見つける、航路を描く」として。14世紀後期から「占星術的に計算する」として。15世紀後期から「流産または早産で産み出す」として。1711年から「劇の役割を俳優に配分する」として。投票については1840年、アメリカ英語で。cast upは1530年代から「計算する、計算する(帳簿などを)」、15世紀後期から「排出する、嘔吐する」として使われています。

何が言いたいのかというと、キャストは一方的なんです。情報が一方通行っていうことです。TV、ラジオ、新聞、ネットニュース、みんな一方的です。YouTube、TikTok、ブログなどの一部(本ブログも含む)は、コメントがオープンになっていれば辛うじて双方向通信と言えるでしょう。しかし最初の発信(動画やテキスト等の投稿)に対してコメントがお粗末になりがちなので、実際は不均衡だと思います。

人と人が直接対話する場合もケース・バイ・ケースと言えるでしょう。相手の話を聴かない人って結構いますからね。

キャストが上手な人が「コミュニケーションが得意」って言ってるのはちょっと、納得できないです。台湾のデジタル庁長官をやったオードリー・タンさんは、いつでも会って話をしてくれる人として有名です。対話ってそういうことですよね。

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