認識できなかった自分
先日ここに書いたように、セカンドオピニオンで違う病気の強い可能性を指摘されたのだけど、転院するのなら紹介状が必要と言われてしばらく悩んだ。確かに病気の診断が異なるのであれば転院したほうがよいのだろうが、なにしろその病院は上野にあるのだ。長く通う(もしその病気なら一生通う)ことになるので、家から近い今の病院のほうが楽なのだ。
だからといって今の病院で「セカンドオピニオンで違う病気だって言われたんですけど、違いますかね?」なんて聞くのはまるで医師を信用していないようでとても無理だ。
どうしようかな、なんて思いながら、明らかに現在の薬の効果が別の方向に向かっているのが感じられてきたため、とりあえず薬も切れてしまったら困るし、いつもの病院に行ってみた。
いつ切り出そうかななんて考えながら最近の調子についていろいろ質問されて答えていたらなんと医師のほうから「躁うつ病(双極性障害)の疑いが強いですね」と言われてビックリ。
渡りに船である。
病院を変えること無く、治療方針を変えてもらうことになった。
担当医に言われたこと(一部、自分で調べた内容とかぶる)
- うつ病と躁うつ病では治療方針が全く異なる。うつ病は気分を持ち上げることが目的だが、躁うつ病はバランスをとらないと躁状態になってしまう。
- 現在の僕はうつ状態と躁状態がミックスしている状態なので、今まで一定の効果を上げてきた抗うつ薬はそのまま続け、上がりすぎを抑えるためにデパケンという薬を一緒に飲む。
(デパケンと聞いて「デパート研究会?」と思ってしまった。薬って変な名前のが多いよね) - 新しい薬は効果が出る血中濃度を厳密に計測する必要があるため、定期的に血液検査をしなければならない。まずは最小の分量からスタート。
- 一生続く病気である。躁うつ病は「寛解」を維持することが治療の目的である。寛解は治癒ではないが、普通の状態になること。寛解したからといって薬を飲むのをやめてしまったら、100パーセント再発する。
そういうわけで、新しい薬を飲み始めたのだ。
薬の効果はすぐに出た。
あまりにもショックが大きかったので、詳しく書いておこうと思う。
結論から言うと、薬のおかげで「思考能力」「集中力」「感受性」「対ストレス性」が変化した。
また、イライラや薬が効いているときの不安定感(不安?)がなくなった。
でも量の調整が必要かな。
いい状態は30分〜1時間くらいしか続かない。1日を通して、イライラが減少した感覚はあるけど。
しかしその短い「最良の時間」が僕に与えたショックは、とんでもないものだ。
どんなに衝撃だったのかをうまく説明してみたいから、写真を使ってみようと思う。
「最良の時間」の僕にとって、世界は下の画像のような感じだ。

皆さんにはこれが何の変哲もない花に見えているだろう。
僕にもこれが花に見える。でも、この花がこのように見えるようになって初めて、今までそう見えていなかったことに気付いた。
(視覚以外にも思考力、集中力などを含めた改善効果を写真で例えています)
では今までどうだったのかというのを説明するために、上の写真を加工してみた。

世界はこんなだったのだ。
生まれてからずっとそうだったわけではない、と思う。
薬によって「確かに蘇ってきた何か」を感じているから。
世界がこんなだったら色々大変だろう!って思うかもしれない。でも多分、20年近く(あるいは20年以上)かけて少しずつこうなっていったから、気がつかないのだ。
お父さんが子供の運動会で保護者リレーに出てスッ転んで怪我するまで体力の低下に気がつかないのと似ていると思う。
新車を20年乗り続けて、だんだん足回りもエンジンもクラッチもボディもヨレヨレになって本来の性能が出なくなっていったとき、同じ車を新車の状態で乗ってみたら、違いに愕然とする、かもしれない。
何かうまく説明できないけどそんな感じ。
上の画像は、とてもよく「前の状態」を表していると思う。
これは複数のフィルタがかかっている。まずブロックノイズっぽいものが目に付くと思うけど、これは思考のノイズのようなものだ。もちろん今の状態になって初めてその存在に気付いたのだが、薬を飲む前は「考えがバラバラに次々とひらめく」「考えがまとまらない(整理できない)」「集中力が続かない」「気持ちが落ち着かず、せわしなくチカチカと変わりながら常に走り続けている状態」といった症状(?)があったことがわかる。それがこのブロックノイズで表現されている。
下は、ブロックノイズを除去した状態。

全体的にぼやけている(いた)。今まさに、鮮明にものを考えることができる。その前は、これくらいボヤけていた。五感で感じるものすべてと、自分の頭の中で考えるものがすべて、輪郭が怪しい状態だった。それでも普通に生活できていたのは、うまくバランスをとりながらやっていたのだと思う。僕は視力が1.5だからメガネを使わないけど、メガネが必要な人がメガネをかけなくても、かけているときの経験で大抵のことをうまくこなしてしまうような感じかな。必要以上のエネルギーを使って物事を処理してきたのだなぁと思う。

上が、ぼかしを除去した状態。色に繊細さがなく、全体的に画質が荒い。
まさに「うつ状態」を表している。完全にモノクロ、果てには真っ黒に近い状態まで悪化したことがあるのは、当時書いた通り。目に入るもの耳に聴こえるものすべて色褪せ、自分の思考の世界もその弱々しいコントラストの中でぐるぐると回っている。周辺から次第に暗黒化していき、それにつれて自分の思考の幅が狭まっていき、もちろんそんな狭まりを自分で意識することなどできないから、死に追いやられる。それを防ぐのが、抗うつ剤だ。
「躁状態」と「うつ状態」の入れ替わりの時期になると、下の画像のような状態になる。

なかなかうまくバランスのとれた絵に見える。ディテールに欠けていて、何かが足りないけど、他の状態に比べればいい感じではある。問題は、たまに電波の入りの悪いテレビのように乱れることと、この状態で安定しないということだ。
抗うつ剤による効果は、下の通りだ。

上の画像は、抗うつ剤が効いている状態。というか、躁状態に入ってる。
(抗うつ剤を飲まなくてもこの状態になるときはなる)
全てのカラーが取り戻されたように錯覚するが、解像度が低いまま、カラフルに持ち上げられている状態を表している。ものすごいエネルギーとパワーがあるし、何でもできそうな万能感に満たされる。しかしそれが異常な状態であることが、自分では分からない。
赤はきちんと赤に見えるし、黄色い花は黄色い。辻褄が合うから、気にしない。
しかし集中している部分だけが派手になり、それ以外の背景は真っ黒。つまり一点集中しかできない。同時に複数のことを考えることができず、それを要求されると、非常につらい。イライラの原因のひとつでもある。しかし本人は、なぜイライラするのかもわからないし、同時に複数のことができなくなっているという実感もない。「できる」状態がわからなくなっているから。
さらに困難なのは、集中する部分が次々と変わることである。 よく今まで上手くやってきたもんだ。
いや、今まで上手くなんてやってきていないんだった。
社会不適合者の寸前まで何度も落ちているし、友人もほとんど失ったし。
今の自分は、「躁状態」と「うつ状態」が複雑に絡み合ってしまった状態にある。どちらであるとも言い切れない。テレビのチャンネルをザッピングするかのように、切り替わってしまったり、両方が同時に存在していたりする。ものすごく疲れる。
「うつ」の大きな波は、不定期にやってくる。いつ来るかわからず、いつ去っていくのかもわからない。
先日、今までの「うつ」状態をすべてブログのエントリや過去の日記をたよりにしてまとめてみたところ、はじめは3〜4年おきにやってきていたようだが、そのサイクルが徐々に短くなってきている。
「うつ」ではないとき、僕はほとんどが「軽い躁」である。だからこそ元気で明るくエネルギッシュで仕事もバリバリこなし、宵っ張りで行動力抜群なのだと思った。
では、本当の自分の性格とは一体何なのだろうか……?
明るくて積極的で何事にも好奇心を持ってチャレンジする自分が、ただの「躁状態」のせいなのだとしたら、本来の僕はどういう人間なのだろう。
ナポレオンもチャーチルも躁うつ病だった。ナポレオンがもし躁うつ病でなかったら、睡眠時間3時間でヨーロッパ中を駆け巡ることなんて出来なかったに違いない。
僕が作っている音楽が、描いた絵が、完成させた仕事が、「躁状態」の頭の中で次々と湧くインスピレーションをもとに作り出されているのだとしたら、「普通」の僕は一体なにができるのだろう。
躁状態のツケ(反動)としてうつ状態があるのはよくわかる。弓は引っ張れば引っ張るほどよく飛ぶものだ。引きすぎたら切れてしまうけどね。
だから、この病気は「利点もある」からといって放置しておくわけにはいかない。躁状態で作り上げたものはすべて次のうつ状態で崩れ去るし、躁状態の度が過ぎれば集中できずイライラして、その先にはもっと悪いシナリオが待っている。美味しいところだけ享受するわけにはいかないのだ。
躁状態の自分がやっていることを普通の状態で再現できるかといえば、無理だろう。薬によってもたらされた短い「最良の時間」は、それを認識させてくれた。
そうなると僕はもしかしてただの何でもない木偶の坊なのか?
この病気が僕をさんざん危機に陥らせてきたのは事実だし、逆に危機に陥った自分を救ってきたのも事実なのだ。失われたものを取り返し、それ以上の結果を出そうとするかのように、フル回転で行動することによって、得てきたものがある。それを僕は「悪運が強い」と語っていた……。
いつもいつもギリギリのところまでガックリと運が落ちて、ギリギリのところで低空飛行から一気に盛り返すから。
これってやっぱり病気のせいだったのか、と思うと複雑な気分だ。
とにかく今まで、よく生きてきたなと思う。それくらいの衝撃があった。
人生いろいろやってきたしいろんな経験もしてきたけど、これくらい自分の根本が揺るがされるような事実を突きつけられたことはあんまり思いつかない。
自分に合った量が確認されて処方されるようになれば、それでハッピーになれるのかな。
その先にある人生は、良かれ悪しかれ今までとかなり違うものであるという予感がする。

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