心の邂逅

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営業部長のYさん(上司ではない)と会話。

いままで僕の言ってることを正直信じてなかったっていわれた。
なぜなら、社長がでたらめばっかり言ってそれを信じていたから。

以前いたK社でも、うつ病のせいで実は1ヶ月も実働してなかったとか
会社を休んだときに一度も連絡がきたことがないとか
入社時に、医師の診断書と、職安からだしてもらった「勤務可能である証明書」も出しているのに、
そんなもの知らないとか
僕が何度も(口が酸っぱくなるくらい)報告してることを、まったく聞いた覚えがないとか
勝手に動いてるから困るとか
とにかく出鱈目だらけ。
あいた口がふさがらなかった。
そのまま誤解されているのは勿論いやなので、それは違うと全部説明した。
彼もこのプロジェクトにかかわるようになってから、社長の理不尽さを目の当たりにするようになって、社長の言っていることが正しいかどうかは疑問に思い始めていたらしいけど、そこまで嘘八百を吹聴されているとは思っていなかったらしくて、憤ってました。

とんでもない上司だ。
転職活動をしたことがある人なら知っていると思うけど、会社によっては前にいた会社に、経歴調査が入る。
外資系企業の場合はとくにそうだ。英語の経歴書に、Referenceとして前職の上司の連絡先を書いたりする。
いままで僕がお世話になった会社で、僕のことを悪く言う人は絶対にいないという確信がある。
「調査の電話(メール)がきたよ。嘘がない範囲で出来る限り褒め称えておいたよ」って連絡をもらったこともある。
以前、個人事業主の頃に業務委託として3年間お世話になった会社の部長には、その会社での最後の日に、
「あなたをうちの社員にしたかったけど、力が及ばなかった。代わりにといってはなんだけど、これを受け取ってほしい。もし活用できるなら活用してほしい」
と言われ、僕がそこの会社で3年間やってきたこと、社内のアワードを2度受賞したことなどが詳細に記された、推薦状を3通いただいた。
本気で仕事をしていた心が通じていたのだ、と思った。素直にうれしかった。
正社員ではなかったせいもあるが、たとえ実際のお客さんと接していなくても、
「社内の人は、お客さんと思え」という誠意をもって仕事をしてきた。
短い期間のプロジェクトで一緒になっただけにもかかわらず、今でも欠かさず年賀状を送ってくれる方もいる。
これが、僕の得たもの。

Yさんに言われた。
「理由はわからないけど、あなた社長にはすごく評価が低いと思う。正直言ってね、」
何か悪いこと言われるのかと思ったが、Yさんは続けた。
「ここだけの話にしとくけど、あなたこの会社(プロジェクトの発注元の会社)の人たちから、ものすごく好かれているのよ。俺はまだプロジェクトに深く関わってないから理由はよくわかってないんだけど、皆さんあなたにすごく期待しているって、はっきり言われたよ。あなたじゃないとダメだって言う人もいた」
「社長がなんと言おうと、どんな評価を下そうと、お客さんがそう言ってる限り、あなたはうちの会社にとって必要で、あなたがいなかったらこのプロジェクトの続きも受注できない。だから、体はきついと思うけど、できたら踏ん張ってほしいと思ってる。もちろん体が優先だから、どうしてもダメだったら強制することはできないけどね」
評価してもらうために仕事をしてるわけじゃない。結果を出すためだ。
それでも、こういうことを言われることがどんなに自分にとって活力の源になるか、ひしひしと感じた。
ここのところ、ずっと、自分に挫折したり、自信を失ったり、道に迷ったり、蔑まれたり、ぶつかりあったり、そんなことばっかりだったから。
僕は、仕事には感動が必要だと思ってる。
心が動いたとき、いいものが作れる。
僕は今日、Yさんのその言葉で、感動させてもらった。
そして、それは僕の糧となり、プロジェクトへのエネルギーとなり、集中力になる。
恥ずかしながら、僕は褒められて育つタイプだ。よくわかってる。

うつ病の症状に悩まされ、やりたくてもできなかった色々なことが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
僕という人間は、僕がコントロールできている限り、やれる。
この病気に出会ってしまうまでは、そういう体の自信があった。
だから、ここまで言われて「やりません」とか「自信がありません」なんて言うことは100%ありえない。

いまの心配は、ただ、症状が出ないでほしい。
これ以上悪くならないでほしい。それだけだ。
薬も毎日飲んでます。毎晩、気持ちを落ち着かせる時間もつくってます。
どうかどうか、うまくやれますように。

僕はもう、社長とわかりあおうと努力することをやめた。
それがどんなに自分を磨り減らす行為なのか、よくわかった。
僕が彼とぶつかることは、物事を悪いほうにしか動かさない。

Yさんとの話はまだあった。
「人数の少ないいまの会社で、申し訳ないけどあなたをスケープゴートにしてきたことは認めざるを得ない」
「あなたに社長の矛先が向いていることで、俺やほかの連中は平和でいられるわけよ」
そうかそうか。
申し訳ないなんて言う必要ないよ。
社長のような人間には、常に矛先が必要なんだ。
誰だっていけにえになんてなりたくない。
誰だって、今の僕みたいな状況になったら会社やめちゃうよ。とってもつらいよ。
こんなこと、なくなればいいんだけど、なくならないから。
他の誰かになすりつけたくもないし。
これは本気でそう思った。

さだまさしの歌を思い出した。

鳥は高く空を飛べるけれど
決して海の深さを知らぬように
何処かで必ずあなたを愛している人がいるから

愛は、もらうものでも期待するものでもない、与えるものだ。
愛なんて大げさな、って思う人もいるかもしれない。
でも仕事を愛せなかったら、あなたの人生なんですか。
どんな逆境でも、不本意でも、目の前の仕事があって、それがやらなければならないのなら、
愛を持ってやるべきだ。
誰も味方がいない、孤独だ、つらい、寂しい、そう感じている今のようなときにこそ、
自分がどれだけのものを出せるか、真価が試されるときなのではないか。

うつ病という爆弾を持つに至ったのも、誰の責任でもない、自分自身の責任であるから、僕はうまくそれと付き合いながら、出せるものを出し尽くさなければならない。

自分を憎むものすら、愛せる自分になりたい。

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