ベートーヴェンが教えてくれた幸せの定義

ベートーヴェンとの出会い

「ジャジャジャジャーン! ジャジャジャジャーン!」

「好きなアーティストは?」と聞かれたとき、相手は大抵の場合クラシック音楽の作曲家を回答として期待していない。実際、アートのジャンルとしてクラシック音楽が三度の飯より好きだというほどでもないので、このような質問に対する答えは数多くある好きなアーティストの中から、その場に合わせてひとつ回答する。自分の中でホットなミュージシャンだったり、映画監督だったり、作家だったり、漫画家だったり、画家だったりする。

しかしここでひとつ声を大にして(文字は大きくしないけど)言いたいのは、過去も現在も一貫して最高に尊敬しているアーティストがいるということ。それは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン!!

大事なことだから2度書いておくが、ベートーヴェンだ。

ベートーヴェン作品との出会いはご多分に漏れず、 交響曲第5番 ハ長調、「運命」。

ジャジャジャジャーン ジャジャジャジャーン

しかしベートーヴェンを好きになったきっかけは、ピアノソナタ第14番、嬰ハ短調、作品27の2、「月光」(Moonlight Sonata)だ。

【Beethoven – Moonlight Sonata (FULL)】 著作権:標準のYouTubeライセンス(CC BY 3.0)

美しい音、そこに込められた情感、情景を感じ取り、感動する。 僕は長い間、芸術とはそのように「受け取る」ことを「鑑賞」だと思ってきた。

しかしあるとき、そうではないと知ってしまった。知ってしまったという言い方は語弊がありそうだけれど、自分にとっては「知ってしまった」としか言いようのない感覚を手に入れてしまった。これは個人的なものなので、もちろん同意していただく必要はまったくない。

芸術というものは、作者の込めた思いと自分の経験を照らし合わせて、共感することで打ち震えるものなのだ。

作家の思いを一方的に受け取るものではなく、作品に「共感」することで初めてその素晴らしさに気付くものだということを、僕はこの「運命」から教えてもらった。これは僕にとってベートーヴェンという存在が神格化した瞬間で、今まで頭の中に貯めこんできたバラバラの経験や知識や記憶が、ビタっと美しい形に噛み合って、ひとつの形をなした瞬間だった。

それまでの僕は、共感という言葉の意味が分かるほど成熟していなかったのだろう。

初めてベートーヴェンと出会ってから何十年という時間が過ぎ、あるとき僕はまた「運命」に戻ってきた。そして、未だかつて感じたことのない気持ちになってしまった。感動した。

【Beethoven – Symphony No 5 in C minor, Op 67 – Thielemann】 著作権:標準のYouTubeライセンス(CC BY 3.0)

僕はベートーヴェンが「運命」に込めた思いを正確に描写するほど芸術性にあふれた人間ではないし、作品の詳細を解説できるほどの知識もない。けれど、自分の中のある部分と共振してしまって、高鳴る鼓動を抑えられず、感動に打ちひしがれた。こんな気持ちになったのは、初めてだった!

そして改めて、オールタイムマイベストである「月光」を聴いてみた。それはもう、天地がひっくり返るほどの新しい発見の連続!!! 美しすぎる旋律のなかに、いままで見つけることのできなかった心の情景の変化を感じることができる! 僕が感じているものはベートーベンが意図したものとは違うかもしれないけど、間違いなくこの曲の虜になった。それ以来この曲は僕にとって、そのときの気分や状態を知るバロメーターのようなものになった。歳を重ねるごとに、その聴こえ方、感じ方のバリエーションが広がっていることに気がついた。

これはまさに、自分の経験を背景に音楽を聴いているということじゃないか?

音楽に心を込めるとは、こういうことだったのか。 それは、心のどこかで分かっていたことが、すっと腑に落ちた瞬間だった。

成功と失敗について書いてみる

今回は「成功」と「失敗」をテーマに書いてみようと思う。 それがベートーヴェンと関係あるの?って思うかもしれないけど、個人的には大ありなのだ。

僕の心の中にある辞書の「成功」という項目の解説文は、これまで幾度となく書き換えられてきた。そしていま現在の僕の辞書にある「成功」の意味は、これはこれで発展途上ではあるけれど、現在41歳である僕が出せる限界のなかで、最高の内容が記されている。

なぜ一般公開されているブログに書くのかというと、自分の考え方を共有したいからだ。僕と同じような考え方を持つ人もいるはずだし、全く違う考え方の人もいるだろう。ここではっきりとさせたいのは、「自分」(このブログでは「うずら」)という存在が、人生において何をもって「成功」と考えているのか、これをはっきり表明しておきたいと思ったのだ。もしかしたら将来何かの役に立つかもしれない。

成功の定義

僕はおそらく、世間一般的な基準からすると、だいぶズレて遠回りで転びっぱなしの人生を送ってきた。

最近では「双極性障害」という病名を額に貼り付けられ、それじゃ仕方がないね、病気だもんね、という周囲の流れを感じる。 しかしそれは不本意だね。悔しいよ。 自分は自分のしてきたこと、これからしようとしていることを病気のせいになんて1ミリもしたくないし、するつもりもないんだ。そりゃ病気のせいであれができなかったとか人に迷惑かけたとか、そんなことは山ほどある。でも、責任放棄も転嫁もしない。自分がやってきたことは、たとえどんな状態であれ、自分の責任なのだ。その結果から逃げてはいけない。

なぜ逃げてはいけないのか? 逃げるのは損だからだ。

世の中にはそう思っていない人が多いらしいことがだんだんわかってきたけど、ツライことや苦しいことって、それを乗り越えたときにすっごい成長できるんだよね。Mってわけじゃないんだけど、実際そうなんだもん。

大学をドロップアウトし、仕事もままならなくなり、クビになり、そんなことを繰り返して、傍から見たらなんとも面倒な人生だね、前に進んでないね、そう思えるかもしれない。

しかし僕はまたベートーヴェンを聴いて、そうではないということに気付いた。人生には暗い谷もあれば、見晴らしの良い山頂もある。それを繰り返す。繰り返して繰り返して、繰り返す。死ぬまで繰り返す。ここで重要なのは、自分にとって「成功」「失敗」とは何なのか、それをハッキリとさせておくことだ。

「仕事としては失敗」「社会人としては失敗」「学生としては失敗」「一般常識的には失敗」僕は失敗し続けているように見えるかもしれないが、結局のところ成功したか否かを決めるのは、自分しかいないよね。他人の評価なんて、正直どうでもいい。

ここで僕が陥っていた大きなミスは、自分の心の声を聞かずに、周囲の反応や評価を気にしすぎていたってことなんだ。自信がないとかコンプレックスがあるとか、おそらくそんなことが災いしていたんだよね。でも、自分をもっと信じてあげることが大事だなって、ベートーヴェンを聞きながら思ったってわけ。なんでベートーヴェン?って言われると説明に困るんだけど。

「運命」の中に流れているテーマは、僕にとってそれを示唆してくれるものだったのは、間違いないはず。

自分にとっての「成功」とは、目先の細かいことがうまくいくかいかないかではなく、自分が前に進んでいるかどうかなのだ。そして振り返ってみると、自分は明らかに、前に進んでいるということを理解した。誰が認めてくれなくても、自分がそう自信を持って認められる。

一見同じことを繰り返しているように見えても、前回とはまったく異なる。その繰り返し。簡単に言うと、成長を実感している。

そこでまた腑に落ちたのが、失敗こそが自分を強くしてくれているということだ。死ぬほど悩み、挫け、絶望して、あがき苦しむことは、将来の自分にとって強い力になるんだね。極限の状態に近ければ近いほど、その後に得られるものは大きい。高い山を登り、深い谷に分け入っていくことは、それだけ得られるものが大きいのだ、と僕は確信してて、それがようやくこうして言葉になってる、そんな感覚。

つまりそうした苦しみや躓きを避けて通るということは、成長のチャンスを逃してしまっているということになるから、損なんだよね。

人は、成功し続けることはできない。必ず人生のどこかで転ぶ。軽く躓くこともあれば、派手にずっこけることもある。そんなときに、ゴキブリのようにしぶとく生き抜く力があると、失敗の中に成長を感じることができる。その生き抜く力、それこそが、失敗の中から得られるものなんじゃないか?

逃げるということは、自分の運命を否定し、自分自身を否定することだ。

長い間、僕は「失敗」という言葉に恐怖心を抱いてきた。幾度となく人生の挫折を味わい、理想である「成功している自分」の姿と、実際の自分の姿が乖離してきた。やがて、成功コンプレックスとも言える状態になった。

ところで、成功すればするほど、失敗が怖くなる。 金メダルを期待されればされるほど、金メダルを取れなかったときのダメージは大きい。しかしそれはあくまで、周囲の評価だ。本人は金メダルを取れなくたって、そこに得るものがあれば、それで満足かもしれない。僕にとってのそれは、成長だ。成長があれば、結果は意外とどうでもいい。金メダルを取ることを最大の目標にすることや、取れなかったことを批判されることを恐れるということは、人生の目標を誤っている。そう感じた。そして自分がまさにその思考回路だったということに気付かされた。

ここでまた不思議なのは、成長を目標にやっていれば、金メダルはおのずと手に入るということだ。成長し続ける。それ大事。人生は金メダルを取っておしまいというわけではない。

失敗を軽視してはいけないけど、同時に、失敗から得られるものを軽視してはいけない。うん。

そしてその成功と失敗の山と谷を楽しむことが重要だなあと思う。それを繰り返しながらも成長していくこと、それこそが自分にとっての「成功」の定義なのだから、楽しくないわけがないのだ。いままでは、常識にとらわれすぎて、周囲の目を気にしすぎて、楽しむべきものを楽しめずにいたのだ。

これは、人生で最も大切なものである「幸せ」を実感するために、なくてはならないものだ。

なんてことを、ベートーヴェンを聞きながら思ったりしちゃったという話。

月光を聴きながら寝ます。おやすみ。

Hiro Hayashi

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