Being Boring – Pet Shop Boys

映画も、音楽も、小説も、マンガも、物語の完結していない作品が好きです。

作品の余韻に浸れるんです。その先に続くストーリーをつい想像してしまいます。それは、鑑賞する人ひとりひとりに許された贅沢だと思います。そんな贅沢が許されない物語がもてはやされるようになったのも、すべて世の中のモンスターペアレンツやクレーマーのせいなのではないでしょうか。言い過ぎですかね。

飽和した現代の日本の社会では、常識という名のもとに物語の内容すら制限されてしまっています。戦時中に「負ける」といったら「非国民」と言われていた時代を想起してしまいますが、みなさんはどうでしょうか。

人魚姫が泡にならない物語、猿と蟹が友達同士になる物語。そのうち魔法で赤い靴が踊るのをやめたり、ロミオもジュリエットも死ななかったり、貫一がお宮を蹴らなかったり、そんな不安が頭をよぎります。

そんなことを考えていたら、ふとペット・ショップ・ボーイズのとある曲について書いてみたいと思いました。

ペット・ショップ・ボーイズといえば泣く子も黙るイギリスの二人組ユニット。数々のヒット曲を持ち、さらにマドンナ、レディー・ガガ、エイス・ワンダー、ボーイ・ジョージなど錚々たるミュージシャンのプロデューサーとしても有名です。

僕がペット・ショップ・ボーイズのファンであることは何度かこのブログでも書いているのですが、中でも一番好きなのが4枚目のアルバム「Behavior.」です。

全体的にとてもしっとりとした内容にまとめられていて、当時は「PSB(ペット・ショップ・ボーイズ)らしくない」という酷評も多々あったようです。1990年の曲で、現代のように簡単にレビューを検索できるインターネットも無かったため、あくまで音楽雑誌や自分の身の回りの評価ですけど。

そんな不評(?)だったアルバムもじわじわと人気を博し、今では高い評価を得ています。確かに当時のPSBらしからぬサウンドでしたが、四半世紀も聴き続けている今もこのアルバムをかけるたびに心が安らぎ、同時に、不思議と胸が熱くなって涙腺が緩んでしまうのです。過去の自分の経験と重ねてしまっている部分も多少あるのかもしれませんが、シンプルに曲調だけでもジーンときますし、歌詞の内容やそれの意味するところまで調べちゃうと、もう駄目押しです。

そんなアルバム「Behavior.」の1曲目を飾る、「Being Boring」という曲。今回はこれを紹介しつつ、無粋だなあとは思いますが、超個人的に、自由に話を膨らませてみたいなと思います。(文中で公式PVをリンクしていますが、気に入ったらぜひアルバムを手に入れてみてください)

Being Boring(退屈なもの/こと)というタイトルの由来は、1990年代初頭の日本の新聞記事にあります。読んだことはないのですが、「ペット・ショッgプ・ボーイズは退屈(Pet Shop Boys being boring)」という記事だったそうです。その「being boring」というフレーズが気に入って、さらに「退屈」を逆手に取って作られたのがこの曲です。

この曲の詞は、翻訳がとても難しいです。まずPSBに限らず多くの曲にも当てはまることなのですが、歌詞カードから句読点が省かれていて、倒置法が多用される文が並ぶと文の区切りがよくわからなくなるため、詩的な歌詞の訳は苦労します。また、この曲には小説からの引用が2度現れますが、クォーテーション(引用符)が省かれている部分があります。どこからどこまで引用なのか迷いました。他人の翻訳を参考にしようと検索してみても、同じ訳がひとつとして無いのです。細かい訳し方が違っても大筋が同じならば問題ないだろうと高を括って読んでみると、訳によってこんなにも意味が違ってしまうのかと驚く結果が待っています。

結局、自分で訳してみたのですが、それが正しいのかどうかわかりません。
拙訳で恐縮ですが、僕なりに解釈したものをここに載せておきます。興味のない方はすっ飛ばしてください。曲を聴きながら読んでいただければ幸いです。

Being Boring -Pet Shop Boys


Being Boring

古い写真と、10代だった頃のパーティの招待状をふと見つけた。
「白い服で」って一言と、引用がひとつ。
誰かの妻だった有名な作家の言葉。
若い頃は、閉じられた扉を開いて去っていった人から刺激を受けるものだ。
1920年代の話。
彼女は言った「私たちは決して退屈しなかった」

だって僕たちは決して退屈な存在じゃなかったから。
自分について考える時間は、あり余るほどあった。
僕たちは決して退屈な存在じゃなかった。
オシャレして、ケンカして、それから心を改めようって思って……
決して振り返ったり、いつか終わりが来ること怖れたりなんてしなかった。

街を出たあのとき、駅で僕はカバンと不安を抱えてた。
誰かが言った「油断しているとすべて失って、何も残らないぞ」
1970年代の話。
でも僕は調子がよかったし、将来に目を向けてた。
かかとの高い靴を履いて、うまくやってた。
閉じゆく扉をすり抜けて、退屈な人になんて絶対になるもんかって思った。

だって僕たちは決して退屈な存在じゃなかったから。
自分について考える時間は、あり余るほどあった。
僕たちは決して退屈な存在じゃなかった。
オシャレして、ケンカして、それから心を改めようって思って……
決して振り返ったり、いつか終わりが来ること怖れたりなんてしなかった。
振り返ればいつだって友達を頼りにできるって期待してた。

そして今、あの頃とは違う面々と一緒に座ってる。
借りた部屋で、なじまない場所で。
僕がキスした人たち。
何人かはここにいて、何人かは行方がわからない。
1990年代の話。
自分がなろうと思ってたような人間になれるなんて夢にも思ってなかった。
でも、そんな夢とは関係なく……
君はいつも僕のそばに座っていてくれているはずだった。

だって僕たちは決して退屈な存在じゃなかったから。
自分について考える時間は、あり余るほどあった。
僕たちは決して退屈な存在じゃなかった。
オシャレして、ケンカして、それから心を改めようって思って……
決して振り返ったり、いつか終わりが来ること怖れたりなんてしなかった。
振り返ればいつだって友達を頼りにできるって期待してた。

僕たちは決して退屈な存在じゃなかった。
僕たちは決して退屈しなかった。
僕たちは決して退屈な存在じゃなかった。
僕たちは決して退屈しなかった……


切なさ漂う曲調と、スティーブン・キングのスタンド・バイ・ミーやブライアン・アダムスのSummer of ’69を想起するような、主人公が若かりし頃を懐かしむ曲、そう捉えられる内容だと思います。でもそこには実はもう少し掘り下げられる余地があったりします。

まずこの曲で語られている内容は、PSBのニール・テナントの実体験がもとになっています。ニールはゲイであることをカミングアウトしています。リンクした公式PVでは男女が交わるシーンが何度もカットインしていますが、僕の個人的な想像としては、ほんとは男同士のシーンを描きたかったのではないかな、と思います。PSBの二人はこのPVの監督ブルース・ウェーバーと意見を出し合って制作していったようですが、そこまで踏み込んだ映像にすることはできなかったのではないでしょうか。実際に出来上がったこのPVは男同士の表現こそありませんが、男女の裸や性描写が当時問題になり、MTVをはじめ多くの音楽情報番組で放送が控えられてしまいました(後に高く評価されています)。僕はこのPVを観るとき、性についてはどちらともとれるような見方をしています。

そしてこの曲は別れの曲です。歌詞は思い出から始まります。納屋か天井裏あたりからでしょうか、古い写真とパーティーの招待状を見つけます。招待状には「白い服で」(Dress in white)というドレスコードと、「私たちは決して退屈しなかった」という1920年代の小説家の引用文。そこからこの歌の主人公は回想の旅に出ます。

この一文はどこから引用されたのかというと、ゼルダ・セイヤー(ゼルダ・フィッツジェラルド)という女流作家の小説です。

「She was never bored because she was never boring,」(彼女は決して退屈なんてしなかった、なぜなら彼女は決して退屈な人間ではなかったからだ)

a sepia photograph of a woman head and shoulders. Her hair is cut short.

ゼルダ・セイヤーは、かの有名な(そして村上春樹がさらに有名にした)F. スコット・フィッツジェラルドの奥さんです。歌詞にある「誰かの妻」の誰かとは、フィッツジェラルドのことなのです。フィッツジェラルドといえば当時のジャズとアメリカ文学界の象徴的な存在です。また、1920年代といえばジャズ・エイジの最盛期でもあり、フィッツジェラルドが最高に輝いていた時代です(グレート・ギャツビーの出版は1925年)。

スコットとゼルダは1920年に結婚し、そして1920年代の終わりにすべてが崩壊します。スコットは重度のアルコール依存症になり、ゼルダは統合失調症でサナトリウムに入院します。こうした流れの大きな原因が、かなり大胆な性格だったと言われるゼルダの「退屈」だったと言われています。

決して退屈なんてしなかったと書いたゼルダは、皮肉にも退屈によってやられました。夫のスコットも、ジャズ・エイジも、同時期に去りました。かくしてひとつの文化にピリオドが打たれたのです。

ティーンエイジャーだった主人公たちがなぜゼルダ・セイヤーを引用したのか。それは、彼女を取り巻くものがひとつの時代を作り、ビートニクの扉を開き、そして去っていったからではないでしょうか。それを記号化したものが、あの引用だと捉えられたのではないでしょか。自分たちが退屈な存在ではないことを主張し、退屈な人間にならないためにはどうするかについて散々考えたり議論している若者たちの姿が目に浮かびます。

時は経ち1970年代になり、青年になった主人公は町を出ます。彼は若く、まだ見ぬ世界への不安を感じつつも希望にあふれていた。忠告するおそらく年長者もいたけど、聞く耳なんてなかったのでしょう。

ここで登場する「かかとの高い靴」という訳には頭を絞りました。原文はmy shoes were high(僕の靴は高かった)です。高い靴と訳すとexpensive shoesと勘違いされるので、「かかと」を加えました。それでは、my shoes were highとはいったい何を意味しているのでしょうか。ひとつ考えられるのは、若くて背伸びしてたという意味です。でも無理してる感じがしないんですよね。だから背伸びというよりは、ハイだったんだぜ、というほうが近いかもしれません。もうひとつ考えられるのは、1970年代といえばラブ&ピースでハイで自由でドラッグが現代よりも身近に受け入れられる文化が存在していたということです。これはゲイカルチャーとも密接に関わっていますから、僕はどちらかといとこっちが正しいのかな、と思います。ハイになって、でも折り合いをつけて、自分の尻拭いはできるくらいにうまくやってたんだよ(I had scored)って言いたかったのかなと。ここでも、自分は退屈な人間になんて絶対になるもんかという強い意志が伺えます。

そしてニールはポップスターへの道を歩み始めます。

ここでまた歌詞は20年ほどジャンプして、1990年代。この歌が書かれた当時、つまり現在です。 ここのくだりは分かりにくいと思います。

馴染みのない場所で見慣れない人たちとともに座っている。その理由は、葬式だからです。

1970年代という自由な時代から一転、1980年代にはHIVが世界的に広まり、AIDSによって多くの若者たちが命を落としました。ゲイであった彼は、多くの人を失いました。だから、昔キスした人も参列してるし、生死のわからない人もいるわけです。

「自分がなりたいものになるなんて夢にも思わなかった」ニールは、世界的に有名なポップスターになりました。

でも、そんなことよりも、「君」が横にいてくれないことの方がショックだったのですね。彼は大切な人を、おそらくエイズで失って、その葬式に参列しているところなんです。

決して退屈なんてしない、って決めた仲間、そして特別な関係を持った相手。

歌はここでおしまいです。

この余韻こそが、冒頭に書いた「物語の完結していない作品」が鑑賞者に対して寛容なところだと思うのです。僕は主人公の気持ちやこの先の話について、様々な想像を膨らませてきました。その想像の中で主人公はときにニール・テナントであり、ときに顔を持たない人だったり、厨二病を発症していた頃は自分に当てはめてみる想像なんかもしたものです。

若い頃、誰もが抱えていた将来の理想。大人になってそれがどのようにして終わっていくのか。

社会的に正しいと言われていることや正義、そして誰でも簡単に感動を得られるようなコンビニエンスストア的な美談をストレートにぶつけてくる作品が増えています。自己主張が王道になり、もてあます若さというエネルギーが商業化され、アウトローは飼いならされ、カチカチ山でタヌキは死なない時代です。

でもそんな正しさやストレートさだけで語り切れるほど、人って単純なものじゃないですよね。その裏側に渦巻く思いを綴った作品が存在する場所って、必要だと思いませんか。惹かれませんか。そしてそんな作品だからこそ、それが受け入れられるのか否定されるのか、それは鑑賞者次第であっていいと思うのです。

押し付けられる作品より、問いかけられる作品が、好きで好きで、やめられません。

“Being Boring – Pet Shop Boys” への1件の返信

  1. この曲好きだったな、と久しぶりに聴いてそしてここへやって来ました。
    歌詞にそんな意味があったなんて。切ないですね。
    ・・・ますます好きになりました。もっと彼らの曲を聴きたいとも思いました。
    解説してくれてありがとうございます。

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