One Day

ドリップするコーヒーマシンから漂う朝の香り。にゃーちゃんが、早くご飯ちょうだいと足元を急かす。

いつもの朝だけど、初めての朝。

「にゃーちゃん、今日のご飯はなんの味かな〜? マグロだ! これは美味しいよ〜」

「にゃー」

待ちきれなくてソワソワしてる。

朝の会話はいつも、にゃーちゃんと始まる。それからいつも決まって、LINEがくる。来てなければ僕が送る。

「おはよー」

起床時刻が決まってるわけではないけど、僕たちはだいたい同じ時間に起きる。どうしてそうなるのかは考えるだけ時間の無駄だ。

ベースドエッグが焼き上がる頃、にゃーちゃんは食事を終えて二階へ駆け上がり、満足そうな顔で毛繕いをする。

初夏の爽風が開けっぱなしの窓から入り、頬をくすぐる。

「にゃーちゃん、今日は何の日かな〜? 何が起きるかな〜?」

にゃーちゃんはそれには返事をせずにソファに飛び乗ってきて、こっちにお尻を向けて寝転がる。

コーヒーを飲み干した頃に、決まって誰かから連絡が来る。

そこからはもう、流れのままに午前が駆け抜けて行く。ふと我に返ってみれば、お昼のこともあるし、2時過ぎってこともしょっちゅうあるし、夕方になってることもある。

思い出したときすぐにやらないと、永遠にやらないのは、こんな流れにいつも乗って心地良く時間を楽しんでいるからだ。言い方を換えれば、思い出さない用事は、まだ手をつけなくてよいか、あるいはそんなに重要じゃないことなのだ。なぜなら、このやり方で今まで問題なくやってるから。

昨日はちょっとしたエキサイティングなイベントがある日だった。これから立ち上げようとしているビジネスの基礎研究と開発のために必要な道具がAmazonから届いたのだ。すべて合わせて9万円弱の出費。ここ数年間ギリギリの緊縮財政で生きてきた僕にとっては、清水の舞台から飛び降りるような心持ちで勇気を出して購入ボタンをクリックした。

これは次なる大きな流れを呼ぶために必要な先行投資である。

毎日、決断ポイントがあることがはっきりとわかる。なるべく多くの人がとらない選択をする。限られた人にしかできない選択を重ねていけば、その積み重ねでたどり着く場所は、間違いなく前人未踏だ。

届いた機器を試しながら、未来を垣間見た。リアルに見えてくる、将来の形。それを作るのは自分たちだ。

誰もが想像できるような未来に僕は興味がない。誰もが疑うものや、想像の枠外にあるものを現実にすることにこそ価値がある。しかもそれは、人々が必要とするものでなくては意味がない。

必要ないものを必要なように思い込ませたり押し付けたりはしない。本当に必要とされるものはいくらでも見つけることができる。その中から選ぶだけでも頭をひねるのに、需要や潜在需要のないものをどうにかして売ることや過剰宣伝することには個人的に興味が全くない。

勝ちというものは常に、誰にも組み合わせられなかった組み合わせの中にある。この世で変えられないもの。たとえば水という分子の構造。構造を変えたらそれはもう水ではなくなるから。我々は与えられた変えられないパーツを組み合わせることで新たなる価値、ワクワクする未来を現実のものにする。

積み木やマインクラフトと同じだ。

自分が何を作っているのかを理解するためには、組み合わせようとしているものの本質を捉えることが必須だ。そのための時間やコストは惜しまない。

あとは自然の成り行きなのだ。

思考世界と現実世界を彷徨っているうちに、日が暮れる。

そしてその合間合間に、心の繋がったコミュニケーションがある。

やりたいことをやるために、マニュアルなんていらない。全てを捨てて自分らしく生きることはとても簡単なことだが、それを難しく考えてしまっている人たちもいるようだ。

やりたいことだけやって生きられるようになるためには、とことん考え抜いて、学び抜いて、悩み抜いて、行動して、ずっこけて、それでも諦めずに、芯をブレさせずに、愛を捨てずに、すべて満たした状態で、自分の手で掴むしかない。