少なくとも僕が仮に馬鹿であっても愚かであれ、やれることがある。それは、潔白さを信じて生きることだ。今までの人生の中で己の潔白さに課題があれば向き合うことをやめたことはなかったし、間違いを犯せば懺悔・反省し、二度と同じ間違いを犯さぬよう心に誓い、決して己の利益のために走らない強い自分を理想として、すっ転びながらもそこだけは曲げずに生きてきた。
過去も現在も、他人の生き方に干渉するつもりはない。しかし歪んだ関係性を「相手の中の出来事」として放置することもまた罪であることを学んだ。価値観が合わなければ適切な距離をとる。ここに関して己への妥協は許さないことにした。これは己や他人を傷つけないための、そして己の潔白さの表れとしてとても大切なことだ。
正直でいるということは誰にでもできることだ。やれない言い訳は何も立たない。何事に対しても己に原因を追求する姿勢を崩してはならない。
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