A piece of cake

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英語で ” It’s a piece of cake!”、直訳すると「それは一切れのケーキだ」だけど意味は「朝飯前だよ!」「超簡単だよ!」です。

抽選一発で当てたPlayStation 5と75インチテレビ。これは映画鑑賞と、とあるゲームのために手に入れた。最近ではスキマ時間に思考整理の瞑想のためにやってるパズルゲーム以外にあまりゲームをやる時間がとれてない(他に優先事項が数多くある)のだけれど、このゲームだけは長年好きで、シリーズをずっとやってきた。そのシリーズの最新版が8月に発売されたのだ。

このゲームは難易度が選べる。簡単なほうから順に「EASY」「NORMAL」「HARD」で、ノーマルかハードをクリアするとさらに難しい「HARDEST」と、最高に難しい「INFERNO」(焦熱地獄)が選べるようになる。

もちろんINFERNO一択なのだが、キャラクターが成長していないとINFERNOのクリアは不可能に近い。そういうときはより簡単な難易度を選択して自分(のキャラクター)を鍛える。

これは人生の選択とおなじだ。

INFERNOをクリアできるようになる頃には、EASY, NORMAL, HARD, HARDESTはまさに「A piece of cake」になる。


皆さんは人生において選択肢が見えたとき、より難易度が低そうなほうを選択するだろうか? それとも高そうなほうだろうか?

チームで仕事をしていると「このやり方のほうが労力も少なく、目的を容易に達成できます」みたいなことをよく聞く。

そういうとき僕はひとりで「なんで簡単なほうを選ぶんだろう」って疑問に思ってきた。

どうやら「個人的な挑戦は難しいほうがよくて、仕事は挑戦の場ではなく確実にこなすほうがよい」みたいな風潮があるようだ。

僕はまったく同意できない。

僕の指針は「個人的な挑戦も仕事もすべて、難易度の高いほうを選びたい」です。

だって難しいほうをクリアしたほうが成長するし、あとで楽になるよ。楽するかどうかは別として。

難易度の低いこと、ひいては誰にでもできること、そういう物事に興味を維持するのが難しい。

ショパンやリストが超絶技巧を要求する練習曲を作ったのはなぜか? ってこと。

僕の場合、仕事を芸術的に捉えているところがあって、技法でつまづいているレベルでは満足な芸術表現をすることは到底不可能だ。技術はあって当たり前。そのうえで表現力や創造力が試される。

どんなことだってそういう要素はあるでしょう。突き詰めたら、「これで十分」なんてことは無い。

昔できなかったことが「A piece of cake」になったときには、さらに高度な挑戦をしているものなのだ。

楽なほうを選ぶなんて、自分の可能性から逃げているようにしか感じられない。もったいない。

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