穴のあいた風船

うつ病から双極性障害だと診断が変わってから処方される薬が変わり、その薬がもたらした凄まじい効果に感動し、医学の進歩に感謝した。(記事「認識できなかった自分」)

あれから半年が過ぎ、薬も毎日欠かさず飲み続けてきた。半年前と言えば4月。夏に向かって気温が上がり、生命活動の全盛期に向かう時期だ。

そして長い猛暑が突然終わり、10月がやってきた。僕の心はまた落ち葉のように乾き、沈んでしまった。

穴のあいた風船に空気を入れているような感じ。一時は良くなっても、また気がつけばしぼんでいく。

一体いつまでこんなことを繰り返さなければならないのだろうか?

その問いに答えられる者はいない。しかし自分には分かっている。この内なる闘いは死ぬまで終わることがないんじゃないかと、ほぼ確信している。
前に進むか死ぬかの二択しかない。「もうこりごりだ」なんて言うことすら許されないでしょ。やめたくてもやめられないんだもの。だから悲観して打ちひしがれたりするのは、もうとっくにやめにした。悩んだり落ち込んだりしたところで誰も何も助けてはくれないし状況が良くなるわけでもない。どんな顔してたって生きている限りこの悪魔はやってくる。

長い間僕は、この悪魔はどこか異世界からやってきて自分を侵す外敵と見なしており、排除しようと試みてきたが、結局それは無理だ。この悪魔はどこからやってきたわけでもなく、何らかの原因で自分の中で生まれ育ってきた、僕の一部であるということを認めざるを得ない。だから当然それを抑え付ければ反動が来るし、切り離すこともできない。

切り離すことが不可能なら、共に生きていくしかない。

もし一人きりで生きていくことが可能なら、この悪魔ともっとうまく付き合っていける気がする。しかしそうはいかない。生活のために働かなければならないし、そのためには自分の状態がどうであろうと不本意な行動を取らなければならないこともある。

治癒(寛解)したと思えば再発(再燃)するのを繰り返すことで、人からの信頼を失ってしまうことへの恐怖に脅かされる。病気持ちという目で周囲に気を遣われることが苦痛だ。だから、平気な顔をして生きていくしかないんだ。

どんなに状態が悪くても仕事を継続するということが最優先事項。もちろん生きていくためにお金が必要でもあるのだけど、正直、この手の病気は「怠け病」と誤解されることが多い。昔はよく、働きたくないだけだろうとか、自分に甘いんだとか心ない台詞を何度も言われた。肉親にも理解されないんだから赤の他人に理解されるわけがない。こうしたことを言われるのが最もつらい。きちんと自分で生計を立てた上でないと何を書いても「ある人種」には全く説得力が無い。

仕事を頑張ってる。毎日頑張ってる。働きたくないから病気だと主張しているわけじゃない。本当につらいんだ。助けられる人がいたら助けてほしい。だからこそ、病気のことをブログに書く。書けるようにするためには、決して怠け病じゃないんですよ!という証明のために、社会人として生きている。

仕事しながら乗り越えられるようになってきたのは、病気が良くなっているからじゃなくて病気を受け入れて共存する方法を探すようになったからだと思う。

自立できていない家族のことも心配だ。僕の状態に連動して家族の調子も上下する。このシンクロは、僕に依存しすぎているせいではないのか?最近はそのことでよく悩む。心配して色々気遣いしてもらうのは嬉しいけれど、それよりも自分のことを考えてほしい。

精神状態が安定しているときの自分の能力がまるで別人のように感じられるほど、不安定なときの自分はダメだ。
仕事の能力だけでなく、五感も含めたすべてにおいて。

季節の匂いが感じられない。相手の言わんとしていることを先読みできない。比喩や皮肉が分からない。口語表現が稚拙になる。圧倒的な感情(主に怒り)のパワーに圧倒されて、優しさとか切なさのような柔らかい感情を表現したり感じたりできなくなる。味覚音痴になる。論理的思考が苦手になる。本が読めなくなる(理解できない)。物事のスタートが切れない。自主性がなくなる。自信がなくなる。卑屈になる。新しいアイディアが思いつかない。得意であることが得意でなくなる。

脳内物質のバランスだかシナプスの結合だか知らないけど、脳の働きひとつで、同じ状況において人生バラ色の幸せを感じることも可能だし、どす黒い絶望を感じることも可能だ。

風船にあいた穴は二度と塞がらない。

思考力の低下とか、全般的な能力の低下は、年齢に相応しい誰でも経験していることなのだろうか?それとも自分だけひどい状態なんだろうか?

Hiro Hayashi

3件のフィードバック

  1. コメントする資格があるのか?ですが。
    頑張るってなんでしょうか?
    一般的には疲れている方には絶対言ってはいけないし、そうさせてはいけないと言われてきました。
    でも頑張るって、どんな事なんでしょうか?
    何かを犠牲にする?無理をする?。。。。
    何で頑張るのかな?
    怠け者と思われないため?
    周りの風評はどうであれこれであれあまり変わらない気がします。

    奥様と自分。
    それだけが、どうであれば不幸せではないのか?
    それだけでいいんじゃないかな?

    ある程度の歳になっていると今更性格は変わらないけど、行動は変えられるかなーって思います。特にウイリアムグラッサーの”幸せの道”を読んでからそう思うようになりました。

    望まずしてアメリカで暮らすことになり、時々泣きたくこともあるけど、目の前の状況は自分で変えられることもなく、どう思うかで幸せ、不幸せな気持ちになると割りきって夜中に目が覚める時以外はポジティブに受け入れるようにしています。

  2. @らーちゃん
    頑張るってなんだろうねえ。
    自分で自分を縛ることかな?
    気がつくと、無意識に肩の力が入ってるんだよね。これが年取るってことかな。いやだねえ。
    心の底からリラックスするのって、難しいことだったっけ?とか思っちゃうよ。

    行動を変える、同意です。
    「幸せの道」は読んだことがないのでチェックしておきます。
    ありがとう。

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