痛みや苦しみに弱かった僕は、弱音を吐くたびに弱い人間と評価されてきた。弱音を吐くと他人に迷惑をかけることになるので、それは人に望まれない行為なのである、と学習した。
こうして僕は強くならざるを得なかった。
しかしいま、正直に書いておくと、体調がバッチリの日は減り、ほぼ常にどこかに問題を抱えている。それもかつてのような症状ではなく、医師に何もできないことがよくわかる問題ばかりだ。
- 下半身の血液を上昇させるポンプ力の低下と、それに伴う足の痛みや不具合
- 常に高山にいるかのような、慢性的な酸素不足の怠さ
- 振り絞らないと出てこない行動決断
- めまい、酸欠時の視界の乱れ
- 睡眠時間の大幅な増加(回復に以前より多くの時間を要する。眠っても眠っても足りない。)
心臓が弱っている。死が近づいている。
どんなに強くなっても避けられない、確実なもの。
そして僕は、逃げようとも隠れようともしない。覚悟はいつだって、できているのだ。
僕が死んだら、ざまあみろとスッキリする人が何人もいる。僕は1人でも多くのそんな人の逆恨みや憎しみや妬みと共に生き、共に死ぬことで、その矛先を他の誰にも向けず、その出元となる人が不条理に責められる機会もなくし、死をもって負を打ち消す。
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