需要とは?(2018年2月24日の日記)

野菜が生えてました。
これは誰のものでしょう?

その野菜を見つけたA君が、
野菜を採って食べました。
「おいしい!」

それを見てたB君は、
『そうか、野菜をたくさん集めてくればみんなに野菜を食べさせてあげることができる』
と思いました。
山に行って野菜をたくさん採ってきました。
100本の人参です。

A君にも分けてあげようと思いました。
しかしA君は言いました。
「ぼくは自分で食べる量だけ自分で採ってくるからいいよ」

B君は、他のみんなに人参を配りました。
ところが、50本配ったところで、貰い手がいなくなってしまいました。
残りの50本は、仕方がないので捨てました。

翌週になって、みんながまた野菜を欲しがりました。
B君が山に行くと、人参は先週たくさん採ってきてしまったので、ありませんでした。
代わりに50本の大根を見つけてきました。

A君はまた言いました。
「大根は昨日食べたから要らないよ」

B君はまた、大根を配り歩きました。
30本配ったところで、また貰い手がいなくなってしまいました。
残りの20本は、仕方がないので捨てました。

B君はそれからというもの、みんなから野菜を持って来る期待をされるようになりました。
野菜を集めて来るびに、足りなかったり、余ったり。
そうこうしてるうちに、野菜が足りなくなってきてしまいました。
山から野菜を取りすぎたんです。

みんなは毎日、野菜を欲しがるようになりました。
しかし、野菜はもうあまり山に残ってません。
これ以上採ってしまうと、絶滅してしまうおそれがありました。

野菜を欲しがる人の中には、そんなに食べたくもないように見える人もいます。
貰うだけ貰って、食べずに捨てる人もいるようです。

久しぶりにA君に会いました。
A君は、げっそりと痩せていました。
どうしたのかと聞くと、最近、山で野菜が採れなくて困っていると言いました。もう3日も何も食べていないようです。

B君は、野菜を欲しがる人が多すぎるから問題なのだと思いました。
野菜をたくさん増やすことを考えました。

畑ができました。
野菜は以前よりもたくさんできるようになりました。
より多くの人が野菜を食べられます。
B君は何か人の役に立つことを成し遂げたような気持ちになり、とても満たされた気分になりました。

また久しぶりにA君に出会いました。
A君に野菜をあげると、A君はそれを無我夢中で食べました。
B君は思いました。
これからは、A君もぼくの畑の野菜を食べるといいよ。

満腹になったA君は、B君に言いました。
「野菜をありがとう。ところで、最近困ったことがあるんだよ。聞いてくれるかい?」
B君が頷くと、A君は語り始めました。
「実はね、ぼくのおばあちゃんが病気なんだ。この病気を治す薬草は、山のこの辺りに生えていたんだけどね、最近誰かがこのあたりの草木を全部引っこ抜いてしまって、人参を植えてしまったんだよ。だから薬草が見つからなくて困っているんだ」

B君は、自分が作った畑のせいでA君が困っていることに気がつきました。

なんてことをしてしまったのだろうと思いました。
B君の畑で作られた野菜は、多くの人のお腹を満たしてる。
でも、食べずに捨てる人も後を絶たないし、あんまり必要としてないのに野菜をもらっていく人もいる。
B君は、畑を小さくしようと思いました。
そして代わりに、薬草を育てようと決めました。

数年後、B君の畑には、いろんなものが生えています。
B君が食べ物や薬草や家畜を増やして安定供給したおかげで、村ができました。
村には安心して暮らせる環境があるので、みんなが子供をたくさん作って、人口が増えました。

B君は、畑を増やさないと何もかもが足りなくなることに気がつきました。

さてどうしよう。
村の人たちに相談したら、畑を広げればいい、と言われました。
しかしもうこの村には、畑にできる土地がありません。

これ以上畑を広げるためには、隣の村から土地を奪うしかないのか……?
それとも、B君の村の人口がこれ以上増えないようにしたらいいのか……?

ふと、A君が言いました。
「あの頃は良かったね。みんな自分が必要な分だけ野菜を取りに行ってたね。山に入れば、野菜の残りも一目瞭然だったね。最後の一本の人参を食べてしまうような人もいなかったよ」