8月8日(月)のキューブカフェで僕はこういうことを口にした。
今日、次のリンク先にあるQuoraの回答を読んで、とても強く共感した。そして上記の僕の主張は誤解を生む可能性があると思った。
やったことがないことは、嫌いになれない
もうこのタイトルに尽きるんですが、そういうことです。
僕は、自立していない人がまず自立の一歩を踏み出すために「なんでもいいからまず働け」と強く主張しました。選り好みしてる場合ちゃうやろって。
でもそれは、「嫌なことでも何でも仕事にしろ」ってことではないんですよ。
だって嫌かどうかは、やってみないとわからないでしょう。
- やってみる前に言う「嫌」は、なんとなく嫌なだけで明確なものがないです。
- やってみてから言う「嫌」は、具体的に何が嫌なのか明確です。
やる前から嫌ってどうして言えるのでしょうか。それを言っちゃうってことは、つまり仕事を見つけることに対してさほど興味も必要性も感じていないとか、やったこともない仕事を選り好みしてる時点で何かしらの選別的な思想があるってことです。選別的な思想とはここでは、やったことがない仕事A、やったことがない仕事Bがあったとして、AはやってみたいけどBは嫌だ、ってやつ。なんで?
やってみたら好きになるかもよ?
やってみて嫌いだってわかったら、次に行けばよくね?
なんか逆になっちゃってる人たち
ここでひとつ面白い現象について紹介します。
僕の知り合いで「やる前から嫌だって言う人」の特徴に共通性があるんです。こういう人たちって、もし何かを始めると今度は「嫌だけど辞められない」とか言い出すのです。
この仕事が嫌だと思う理由は無数にあります。上司が嫌なやつだとか、仕事内容がつまらんとか、給料が安すぎるとか……。
で、そういう人たちに言いたいのは、
「嫌ならやめたらいいじゃん」
です。
でもね、やめないんですよ。だから、やめられない理由があるんだね、って思うわけです。それが例えば「上司はムカつく奴だけどこの仕事が好きだから」とか「仕事内容はつまらんけど、もっと仕事ができるようになれば自分のやりたいことにつながるから今は修行期間だ」とか「給料安いのはまだ未熟だからだ」とか、まあこれも色々ありますが、辛くても続ける理由が自分なりにあればいいわけですよ。こういう時こそ忍耐力や継続力が生きてくるってもんです。
でもね、誰がなんと言おうと自分が続けたい理由が自分の中にないときは、やめたらいいじゃない?
これこそが、「やってみたけど嫌いだってわかった」瞬間ですよね。
やりたいことを選択できない人って、やりたくないことを捨てられない人なんです。
それ以前に、やりたいか、やりたくないかを頭で考えてわかるって思い込んでる人たちもいます。
自分のことなんて自分がいちばんよくわかってないと思いますけどねぇ。
そして「やめる」って言うと意味不明なこと抜かすやつがたくさん出てくるっていうのは、先述のQuoraの名回答にわかりやすく書かれておりますので、ここでは割愛します。
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