躁と鬱の行動パターンと周囲への影響

最近また軽くdepression気味で、新たな視点というか、今まで感じなかったものをちょっと感じてる気がします。この感覚を忘れないうちにメモしておこう。

行動パターン

友人の指摘が考えるきっかけになった。「ゲームするのはだいたい調子が悪い(depression)時だよね」。確かにそうだ。気持ちが外に向いているときは、ゲームなんてやってる暇ないわ!ってなる。そしてmaniacになりすぎると外に出まくって散財しまくるわけだ。

躁状態、うつ状態で、できる・できないが変わるのかもしれない。これを分類したい。「できる・できない」は「やらずにはいられない」「まったく上手く行く気がしない」に近い感覚だ。

運動はここ2年くらい出来てなくて、バリバリやってた当時を思い返すと「あんなにマラソンとか自転車とか水泳とか頑張ってたなんて、自分がやっていたとは到底思えない」。

読書もできる・できないがある。マンガも含む。読めない時は一切読めない。読めるときは暇さえあれば読んでる。

学習意欲。学ばないといけないという焦燥感 vs. まったく手が出ない。

音楽や映画のジャンル。more humanかmore scientificか?

食べ物の趣味。

お酒を飲む/飲まない

ダーツをする/しない

テレビを見る/見ない

ブログの投稿をする/しない

甘いものを食べる/食べない

眠くなる/ならない

「頑張り過ぎない」は不可能、について

躁状態のときに「頑張り過ぎない」「ブレーキをかける」ことが大事ということは主治医をはじめいろんな人に言われる。これはジェットコースターとまったく同じらしく、上昇したらその分降下するってわけだ。

上がりすぎたらガクッと落ちるから気をつけて、とはよく言われるが、落ちすぎたらガクッと上がるから気をつけて、とはあんまり言われない。そもそも落ちる、上がるという言い方が勝手な話で、どっちかっていうと脳の活動が活性化しているかしていないか、そんな感じだと思う。急降下の危険もあれば、急上昇の危険もある。落ちることは制御できないと認識されているのに、上がることは制御できると思われている節がある。実際そうなのかもしれないけど、どうしたらいいのか分からない。

(おそらく)躁状態がひどいとき、かなり自分勝手になり、自分にも他人にも激烈に厳しくなる。仕事の効率が良くなる代わりに万能感に支配される。ブレーキなんてかけなくても、こんなに調子がいいんだから問題ないと思う。
これでは「頑張り過ぎない」は難しい。

さらにmaniacになると、頭の回転に身体がついてこないというか、期待しているほど効率が上がっていないことに気がつく。それで自分で自分を責めるループに入り、取り返すためにギリギリまで全力疾走する。
「頑張り過ぎない」など、耳に入らない。やれるときに突っ走るしかないという危機感に追われている。

そんな世紀末的な焦燥感で仕事をしているときにカチンとくることがあると、罵倒したくなるほどに怒りがこみあげてくる。これは躁状態に突き抜けてる事実を自分で認識する手がかりになる。躁がひどくなると短気になる。異常なレベルで。頭のなかでは恐ろしいセリフが渦巻いているんだけど、それを言ってしまったらたぶん取り返しのつかないことになるという理性がそれを抑えている。ものすごく色んなことに憤っている。

「頑張れ」も不可能、について

落ちるっていうのは、勘違いしている人が多いんだけど、悲しくて絶望するとか、気分が落ち込むとか、一般的によく知られている症状があるけど、それらは物理的に強制されているというか、風邪ひいたときに頭痛や吐き気が止まらないみたいにどうしようもない。
うつ病の人に「頑張れ」というのが禁句というのは、そういうところにある。
頑張れって言われることでプレッシャーを感じるというよりも、もう少し分かりやすく表現すると、インフルエンザで頭痛や吐き気や発熱がどうにもならないときに「熱を下げろ」とか「吐くな」っていうのと同じだと思う。

うつ病の人に「頑張れ」というのは、「ただ落ち込んでるだけなんだから気合いで乗り越えられるよ!」っていう問題だと思い込んでいるってことだ。

インフルエンザで高熱と様々な症状が出ているとき、それが気合いの問題だと言う人がいるのだろうか(そういう人がいるらしいという話は聞いたことはあるが)

最近感じているのは、朝起きたときにある「倦怠感」「寝不足感」「頭や全身の痺れ」。

倦怠感はプールの中で歩く感覚が近いかもしれない。重い。

寝不足感は寝不足とは違って、何時間睡眠しても眠い。ボーっとしてて、睡眠不足のときみたいに目を開けていられなくて、ほっといたらそのまま眠ってしまう。

痺れたような感覚というのは、頭からつま先まで、ピリピリする。接骨院の電気を流す装置のような、歯医者で麻酔されたときの唇みたいな、感覚が遠のいてしまうような痺れ感がある。いろいろ考えることが難しくなる。

このような症状が重なると、動くのが非常に大変になる。悲しい気持ちとか絶望感とか不安感があるものだから、耐えて頑張れというのは無理な話だ。

周囲への影響について

誰だって頑張った後は疲れる。上下があって、それはバランスがとれている。

I型双極性障害の場合、上限と下限が普通の人より突き抜けてるというだけで、まあだいたい普通の人と同じように、上がったら下がる。下がったら上がる。

下がったら上がる?
悲しいことがあったときに泣くとスッキリしたりするようなこと?

躁状態もうつ状態も極度(上限・下限)になると、社会生活に支障をきたす。

たとえば仕事の場合、うつが酷いときは動けなくなるのでそもそも職場に行くことができない。これは大問題。

一方、躁が酷いときはだいたい職場に行くことができる。

躁もうつも、「かなり良くないけど、仕事がギリギリできる」状態が当然ある。
そんな状態のときに人と接すると、人間関係をブチ壊す危険がある。

さっき書いたけど、躁状態では笑顔でひどいことを言うポテンシャルがある。職場の人に正面から言いたいことを歯に衣着せずにぶちまけてメチャメチャにする危険がある。うつ状態のときは、おそらく相当話しかけにくいドンヨリした雰囲気を醸し出していると思う。表情もしかめっ面に違いない。

ということを思いつつ、ここ1週間くらい、職場でほとんど誰とも会話せずに仕事をしているのであった。(たぶん近付き難いオーラが出てる)

“躁と鬱の行動パターンと周囲への影響” への4件の返信

  1. うつ状態には水泳やマラソンが効きますね。躁鬱はまた違うのかもしれませんが…
    そもそも鬱がひどいときはそもそも行く気にならないですが、薬飲んだり、無理にでも行くと調子よくなったりします。

  2. Kさん
    躁鬱のうつ状態も同じく、水泳、マラソン、サイクリング等の有酸素運動が効くと思います。運動した後の心地よい疲れは、良い睡眠ももたらしてくれますね。おっしゃる通り行くまでが大変ですので、そこをなんとかクリアできるようになりたいです。

    • そうですね、行くまでがハードル高いんですよねー…。
      なんだかんだで、そのうちなんとかなったりしますが。

      • そのうちなんとかなる、っていう余裕があるといいですよね!
        あれもこれもやらなきゃ、でも出来ないムキーって焦るのが一番よくない気がします。なにごとも「適当」が大事ですね。

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