Still in the rain

猫が人間に似るのか、人間が猫に似るのか。
ともかく、猫を飼っている人は、飼い猫と似る。

猫に限らない。犬でも兎でも鳥類でも。

心の相互作用は行動に影響する。行動によって容姿が違って見えるのか、それとも実際に容姿が変化しているのかは知る由もないが、共感覚はあると思う。

自分に対する思い込みというものも大きな変化を及ぼす。

自信の有無でだいぶ顔つきが変化するのもそういうことだ。

世の中には「責任」という言葉を背負い込んでる人がたくさんいる。
それを他人にまで押し付けてくることが容認されるのはどうかと思う。

ぼくは中途半端という言葉にネガティブなイメージを持たない。
何かをやめるには、勇気や強い意思が必要だ。

せっかく続けてきたんだから、なんて言葉は地球上のあらゆる生き物の中で人間だけが持つ考え方のようだ。続ける意味がないことを続けるかどうか迷ってる時点で野性を失ってるとも言える。

まずは自分がどういう生き方をしたいのかハッキリさせておくといい。
自由を尊重するのか、従属したいのか、承認されたいのか、いろいろな考え方があると思うし、そのいずれが正解なんてことも僕は断定しない。

不自由なんて生きていれば当然ある。
けれどそれを理由に自由を追求することを諦めたり、自由を否定するのは違うと僕は信じてる。チャレンジし続けること。苦悩し続けること。ときには頭の中を空っぽにして直観のままに選択すること。拾っては捨て、拾っては捨てる。その過程のなかで、新しい閃きが生まれる。

これが、クリエイティブであるためのヒントだ。

創造性は安定からは生まれない。安定したものを突き崩す内観こそ、創造のエネルギー源だ。しかしそれはすべて、自分の内なる世界でのできごとだ。自分以外の誰かの世界を破壊することを目的にしてしまったら、ゲームは負けだ。そういうことがわからない人がいるらしい。あくまで自分の願望を実現するのだから、自分が変化していくこと、自分が学びを得ていくことにしか意味がない。

すべての苦悩は自分が生み出している。同様にすべての喜びも自分が感じる。
他人の苦楽に同調してもそれはあなたのものではない。わたしのものでもない。