やれる理由

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今なら言える。

お金がなくても、学がなくても、資格や免許がなくても、名前が知られてなくても、反対者が多くても、どのような逆境にいようとも、やりたいと思ったことは、必ずやり遂げられる。

必要なのは、本気でそれをやりたいという純粋な思いだけだ。

もしそれができないと思うのならば、それは純粋な思いではないというだけだ。人には必ず、純粋な思いがどこかにある。不純なことに妥協するのは人生を遠回りにしてしまうだけだ。純粋さを追求することが、本物の自己実現の旅であり、それが社会にとっても必要とされていることだ。

「お金がないとできない」は、お金に縛られている証拠。お金のためにやろうとしている自分の潜在意識の顕れだ。世の中に必要とされていることを実現するためには、お金は関係ない。どうやってお金で買ってもらおうかではなく、なにが世の中に必要とされているかを見るといい。

「学歴がないとできない」は、学歴に縛られている証拠。学や知識があることを証明したいという自己承認欲求の顕れで行動しようとしてしまっている。必要なのはあなたがこれから成そうとしていることのために必要な経験や知識だ。それ以外の学や知識は持っていても使い所がなければゴミだといえる。

「名前が知られてないからできない」は、知名度に縛られている証拠。自分の名前が人に知られることに価値があるという思い込みの顕れだ。知られるべきなのはあなたの名前ではなく、あなたがやろうとしている事そのものだ。

「資格がないとできない」は、他人が敷いたレールを走ろうとしている弱さの顕れだ。やってみて、資格がないことで実際にぶつかることがあったら、そのときにどうしたらこの状況を抜けられるかリアルタイムで考えるだけでいい。あなたは資格のために生きるのか? それとも世の中になにかをもたらしたくて、そのために資格を取ろうとしているのか? 「資格」を与えられるものは「資質」であり、たかが人間が決めたテストではない。

やれない理由を並べることなら誰だって簡単にできる。

やれる理由を並べられるのは、あなただけなのだ。

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