甘い踏み込みは何も生まない

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人は大義のために死ねるからこそ人である。

これは昨晩観たブレードランナー2049でレプリカントが口にした言葉だ。

社会に何かを与えることに関わっている人のことを、社会人と言います。

社会人と呼ばれるためには自分の尻を自分で拭えることが条件だと言う人もいますが、自分の尻を自分で拭うって一体なんでしょうか。経済的なこと?それとも他の何かですか?

社会には様々な課題が満ちています。

それを少しでも楽しくするために人は働く。

世の中を不便で悪いものにするために働く人は、もしかしたらいるのかもしれませんが、全体的な流れとしてはそうではない。

複雑化した世の中で、人間1人の力でなし得ることは何処かの誰かがとっくにやってたりします。

そこで生まれたのが企業などの組織。

組織は、1人ではなし得ないことを複数の専門家やプロフェッショナルが集まって実現するための枠組みです。社会におけるプロジェクト活動です。

しかし組織というものに法人格が与えられてから、組織というものがそれ自身を存続させることを是とする流れが生まれました。

法の上で人格を与えられ、人と同じように権利を与えられるようになったのです。

法人で働く人の多くは、組織の存続のために働くことに疑問を持ちません。なぜならそれが法的に認められており、正しいとされているから。

そして、法人を存続させるためには利益を上げ続けなければならない。

しかし利益というものは、世の中の需要を満たしたり、新たなる需要を作り出すことでしか得ることができないのです。

僕はそれが今、行きすぎていると強く感じています。その行きすぎたものとは、需要の生み出し方です。

世の中には、本物の需要を生み出すことができる素晴らしいチャンスが山ほど埋もれています。しかしながら、ゼロから需要を生み出すためには、その需要が社会システムの中でどのように機能し、誰にどのような利益をもたらし、さらにどのようなリスクや不利益を誰にもたらすのかについてよく理解している必要があります。

しかし、法人が利益を生むということだけに目的を特化してしまうと、非常に残念なクソプロダクトやクソサービスが生まれてきてしまう。

……あえて厳しく書かせていただきました。

組織も個人も、1つのシステムとして捉えられます。

自社の利益追求だけに走る組織は、個人に例えれば自分の利益しか考えられないクソ人間。いっときWin-winという言葉が流行しましたが、これもまだ甘いと言いたいです。B2BであれB2Cであれ、直接的な取引先と自分の組織だけの利益に視野が固定されていては、組織で何かを生み出すということの本質的な意義から逸れたビジネスが生まれる可能性があるということです。

プロダクトやサービスはすべて、ライフサイクルを持っています。

それは商品そのもののライフサイクルだけではなく、より重要なものとして、その商品が世の中でどのように資源(人的資源も当然含みます)を消費して、どこからどこへ影響していき、最終的に恩恵や影響を受ける対象にどのように関わってくるかという流れです。

法人がそれ自身を守ることを正当化するようになってから、世の中には利己的な商品が溢れました。

世の中をリードする理念を示した素晴らしい活動もありますが、自らの利益だけに特化していることをマーケティングと称したカモフラージュで巧みに隠して売りさばくビジネスが横行しています。

しかし僕は、多くの企業の経験を通じて思うのです。こうした流れは、意図的な悪意のもとに生まれるものではないと。

クソ商法に関わっている個人は皆、いい人ばかりなのです。

例えばもしかしたら、会社員のあなたが何かの仕事に従事している。あなたは、より良い案を考えもしないで、ただ与えられた仕事をこなす。好きなことを仕事にしている人ばかりではないとか、仕事なんだから嫌なことでもやらなきゃいけない時があるとか、そんな言い訳を胸に抱えて。

例えばもしかしたら、あなたはもっといいアイデアを持っているかもしれない。でも世の中の規定されたルールや慣例を破ることには強い意志と行動力が必要です。それで、あなたはそのより良いアイデアを胸にしまったまま、クソアイデアをそのまま仕事にしてしまうかもしれない。

例えばもしかしたら、あなたはチャレンジしたかもしれない。それでも思い通りにいかなくて、諦めてしまったかもしれない。

なぜ諦めるのでしょうか?

諦めたあなたは、その組織に残るのですか?

やり尽くして万策尽きたその時、あなたはなぜその組織に残るのでしょうか?

こうした組織に見切りをつけた人が何のリスクも感じることなく去っていくことができることは、社会の健全性を維持するためにとても大切なことです。

なぜなら社員ですら納得できない仕事をまかり通らせるような組織は、変わることを求められます。変われなければ、淘汰されるべきだからです。

そもそも、組織が生き残りのために変わる必要があるのでしょうか?

会社には事業内容というものがあります。

その事業で社会的役割を終えた企業は、淘汰されていく。そしてその企業にいたメンバーは、より効果的に社会貢献できる活動に移行していく。それは転職だったり、起業だったり、いろんな形があるかと思います。

過去の栄光にしがみついていては、新しいものは生まれません。

ブランド力とは何でしょうか?ブランド力が、モノやサービスの本質的な価値を見誤らせる温床になっているとは思いませんか?

我々は何のために働いているのでしょう。

我々は何のために生きているのでしょう。

お金のためだと思っている人は、もしあなたが今すぐ大金持ちになったらどうしますか?

享楽のためだと思ってる人は、あなた自身が生まれつき持っていた才能や得てきた経験を無駄遣いしてるということを、もったいないとは思いませんか。

若いうちは特に、人生の時間が限られたものだという意識を持ちません。しかし我々の時間は有限なのです。限られた時間の中で、なぜあなたは好きなことに命をかけられないのか。

目の前にあることに命をかけられないのか。

どんなことをするにも、決断力がまず試されます。

踏み込みが甘いと、届くところは限られ、必ず後悔を生む。

全力を出さない理由は何なんですか?

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